和育道〜wa-iku〜
育の章

部活を引退した子が、勉強しない――怠けではなく「何をしていいか分からない」だけかもしれません

部活を引退した子が、スマホばかり見ている。昼まで寝ている。つい「怠けている」と思ってしまいますが、本人の中にあるのは「何から始めたらいいか、分からない」かもしれません。引退の日、子どもは習慣・居場所・目標を同じ日に失っています。二宮尊徳の「積小為大」を手がかりに、親が渡せる三つの箱——移植・試す・返す——を書きました。

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誰もいない体育館の床に置かれたボール(撮影:和育道)
誰もいない体育館の床に置かれたボール(撮影:和育道)

誰かに相談されたわけじゃない

誰かに相談されたわけではありません。ただ、見ていて、そう思っただけです。

部活を引退した子たちが、そのあとどうしているか。目標がなくなって、時間だけがぽっかり空いて、その使い方が、どうにも、もったいない。

外から見ていた大人の、勝手な感想です。本人たちは何も言いません。「引退して、ぽっかりした」なんて、たぶん口にしない。

でも、もったいないと思ってしまいました。だから、これを書いています。

正直に言えば、できる限り勉強してほしい、とも思っています。受験があるなら、なおさらです。

ただ——「勉強しなさい」と言われて動いた子を、私はあまり見たことがありません。

「何もしない」のではなく、「何をしていいか分からない」

ここを、大人はよく間違えます。私も間違えていました。

引退した子が、スマホばかり見ている。昼まで寝ている。声をかけても生返事。

それを見て、「怠けている」と判断してしまう。

でも、本人の中にある言葉は、たぶんこっちです。

「何から始めたらいいか、分からない」

昨日まで、考えなくてよかったんです。何時にどこへ行くか、何をするか、誰と会うか。全部、決まっていた。指示があって、仲間がいて、次の試合があった。

それが、ある日いっせいに無くなる。

怠けているのではなくて、手すりが消えたのだと思います。

あの子は、同じ日に三つを失った

引退の日に子どもが失うものは、一つではありません。三つあります。

  • 習慣——毎日決まった時間に、体を動かす予定
  • 居場所——行けば必ず、誰かがいる場所
  • 目標——「この試合まで」という締め切り
  • 大人に置き換えると、たぶん分かりやすい。

    仕事を辞めて、毎日通う場所がなくなって、締め切りもなくなる。それが同じ日に、いっぺんに来る。

    そう考えると、スマホを見ている時間は、怠けというより「真空」を埋めているのかもしれません。

    何も入っていない時間に平気でいられる人は、大人にだって、そう多くないのですから。

    だから「勉強しなさい」は、届かない

    「勉強しなさい」は、正しい言葉です。でも、大きすぎる。

    何もない部屋に立っている人に、「立派な家を建てなさい」と言うようなものです。

    正しさは伝わる。でも、最初の一手が分からない。

    必要なのは、正しさではなくて、小ささでした。

    二宮尊徳「積小為大」――小さいから、続けられる

    積小為大(せきしょういだい)。「小を積みて大と為す」。

    荒れた村を次々に立て直した二宮尊徳が、生涯かけて言い続けたことです。

    『二宮翁夜話』には、こんな言葉が伝わっています。

    大事を成さんと欲する者は、まず小事を務むべし。小事つもりて大事となればなり。

    大きなことをしたいなら、まず小さいことをやれ。小さいことが積もって、大きなことになるのだから——。

    尊徳がすごいのは、「頑張れ」と言わなかったところだと思います。

    一株の菜種、一畝の荒れ地。続けられる大きさまで小さくしてから、渡した。

    引退した子に必要なのも、これではないでしょうか。

    (二宮尊徳「積小為大」の記事はこちら)

    渡していい、三つの箱

    失ったものが三つなら、返すものも三つでいい。

    親がやってあげるのではなく、箱だけ差し出して、中身は本人に決めさせるのがコツだと思っています。

    一つ目:移植の箱(習慣を、そのまま引っ越しさせる)

    部活があった時間帯に、別のことを入れる。それだけです。

    夕方の二時間が練習だったなら、その二時間に机に向かう。中身は変わっても、「その時間に何かをする体」は、もう三年かけて出来上がっている。ゼロから習慣を作るより、はるかにやさしい。

    勉強してほしいなら、ここが一番効きます。

    「勉強しなさい」ではなく、「練習の時間、空いてるな」。

    二つ目:試す箱(週に一つ、新しいことを試す)

    やりたいことは、考えて出てくるものではなくて、試した回数から出てくるのだと思います。

    バイト、料理、動画編集、資格の本を一冊、行ったことのない駅で降りてみる。

    続かなくていい。「合わなかった」も、立派な一つの答えです。

    引退直後は、人生でいちばん自由に試せる時期かもしれません。

    三つ目:返す箱(教える側に回る)

    後輩の練習に、顔を出す。下の子にコツを一つ教える。

    教えると、自分がやってきたことが、言葉になります。

    「あ、自分はこんなことを考えてやってたんだ」と、三年間を自分で確認できる。

    そして、失った居場所が、半分だけ戻ってくる。

    自分の持ち場を照らすことが、そのまま誰かの光になる——最澄が言った「一隅を照らす」も、同じことだと思います。(最澄「一隅を照らす」の記事はこちら)

    今日の一歩

    親から子に、質問をひとつ渡すだけでいいと思います。

    「部活は、お前に何をくれた?」

    答えはすぐ返ってこないかもしれません。「知らん」で終わるかもしれない。

    それでいいと思います。渡した問いは、こちらが忘れたころに、本人の中で芽を出します。

    おわりに

    引退は、終わりではなくて、転部だと思っています。

    競技は変わります。相手も、道具も、ルールも変わる。

    でも、続ける力は、競技を選びません。

    朝が早いのに起きたこと。負けた次の日も体育館に来たこと。うまくいかない日をまたいだこと。

    それは全部、これから何をするにしても使える力です。

    いま、何をしていいか分からずにぼんやりしている子は、怠けているのではなくて、次の「小さいこと」を渡されるのを待っているだけなのかもしれません。

    だから、大きなことは言わなくていい。

    小さいものを、一つだけ、そっと置いてみる。

    積小為大。それは、荒れ地を立て直した人が、百五十年前に証明してくれています。

    いまいる場所で咲くという言葉も、そばに置いておきたい一言です。(渡辺和子「置かれた場所で咲きなさい」の記事はこちら)


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    参考:ウィキペディア「二宮尊徳」

    働き盛りの会社員 × バスケコーチ × 地域活動家

    ~すべては、愛から~

    和を敬い × 人を育て × 道を歩む。

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