和育道〜wa-iku〜

CHAPTER

道の章

自らの道を切り拓く・仕事・経済・人間力

42件

— 道の章

御木本みきもと幸吉こうきち「17年、海に沈め続けた」――3年で「向いていない」と決めていないか

うどん屋の長男が、まん丸の真珠を人の手で作ると言い出しました。周囲からは「気が触れた」と言われ、赤潮で貝は全滅し、借金だけが膨らみます。それでも彼は、全滅した貝を開け続けました。最初の実験から成功まで17年。諦めない期間の長さの話です。

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宮沢みやざわ賢治けんじ「教師をやめて、田んぼに降りた」――見届けられなくても、やるのか

生前に出版された本は2冊だけ。どちらも自費出版で、ほとんど売れませんでした。自分が始めた活動も、病に倒れて2年で終わっています。それでも彼が耕そうとした風景は残りました。「言っていることと、やっていることが違う」——そう言って教師を辞めた人の話です。

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5人の賢者――「やれ」と言う前に、彼らが済ませていたこと

戦後の経営者、高校野球の監督、江戸初期の学者、昭和の財界人、江戸の大名。時代も立場も違う5人が、全員同じ順番で動いていました。守る、線を引く、自分を正す、自分が削る、定義を残す——全部、命じる前に済ませています。「言わなくても動くチーム」の正体は、言う前にこちら側で終わらせてあることの多さでした。

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伊能いのう忠敬ただたか――55歳の一歩目が、日本の形になった

50年先を選ぶには、若さがいるのではないか。41年かけるには、時間が要るのではないか。「もう遅い人はどうするのか」という問いに、真正面から答えを出した人がいます。最初の測量に出たのは55歳。その前に、19歳年下の天文学者へ弟子入りしていました。そこから17年、歩いた距離はおよそ4万キロ——地球一周ぶん。「もう遅い」は、たいてい事実ではなく気分です。

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5人の賢者――今すぐの得を、手放した人たち

経営者、野球選手、江戸の国学者、江戸の思想家、明治の国際人。今週の5人は時代も国も職業もばらばらです。ところが並べてみると、全員が同じことをしていました。今すぐ手に入る得を、手放している。そして手放した代わりに、50年、8000回、41年という長い時間を手に入れています。急ぐと、短いものしか手に入らない——今週見えてきた、一本の線の話です。

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石田いしだ梅岩ばいがん「先も立ち、我も立つ」――商いに、道を通した男

江戸中期まで、商売に「道」はありませんでした。士農工商の最下層、金を扱う者は卑しい——それが常識だったのです。その常識を、20年以上を現場で勤め上げた一人の番頭がひっくり返しました。「まことの商人は、先も立ち、我も立つことを思うなり」。近江商人の三方よしも、渋沢栄一の道徳経済合一も、この一言の延長線上にあります。

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盛田もりた昭夫あきお「50年の第一歩」――10万台の注文を断って、名前を選んだ

2026年上半期の経常黒字は17兆4292億円で上半期として過去最大。それでも「デジタル赤字」は年6兆円を超え、払う額は稼ぐ額の約2.5倍になっています。日本は貧しくなったのではなく、稼ぎ方の土俵が変わった――。1955年、まだ無名だったソニーは10万台の大商談を断りました。条件が「ブランド名は相手のもの」だったからです。今日の売上か、50年後の名前か。盛田昭夫が選んだものの話です。

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宮本みやもと武蔵むさし「常の身」――六十戦無敗の男が、自分の勝ちを疑った

13歳から28〜29歳まで六十余度の勝負に一度も負けなかった男が、三十を過ぎて「あれは兵法を極めて勝ったのではなかった」と自分の勝ちを疑いました。晩年、彼が最も時間をかけたのは戦うことではなく、言葉にすること。『五輪書』に残る「常の身を兵法の身とし」という一行は、本番だけ整えようとする私たちへの、四百年前からの答えです。

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5人の賢者――「頑張れ」と言わなかった彼らが、代わりに変えたもの

今週ご紹介した5人を並べてみて、気づいたことがあります。この5人、誰一人「頑張れ」と言っていません。雲門文偃、フェデラー、ヘレン・ケラー、大野耐一、賀川豊彦。分野はまるでバラバラなのに、全員が同じことをしていました。意志や根性のせいにせず、方法のほうを変えたのです。そしてそれは、人を責めない発想でもありました。

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大野おおの耐一たいいち「なぜを五回」――同じ問題が、何度も繰り返される理由

同じミスが、また起きた。前にも対策したはずなのに。つい「なぜ学習しないんだろう」と思ってしまいますが、繰り返される原因は人ではなく、対策の浅さにあるのかもしれません。トヨタ生産方式を作り上げた大野耐一が徹底したのは「なぜ」を五回繰り返すこと。そして報告書ではなく、自分の目で現場を見ることでした。

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ヘレン・ケラー――言葉を得た瞬間、世界が生まれた

うまく、言葉にできない。胸にもやもやがあるのに、それが何なのか説明できない。生後19か月で視力と聴力を失ったヘレン・ケラーは「そこには言葉がなく、意味がなかった」と書きました。1887年4月5日、ポンプ小屋で手のひらに綴られた「w-a-t-e-r」。その日30語、3週間で100語を超えた少女の物語から、言葉にすることの意味を考えます。

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5人の賢者――すぐに結果が出ないことに、耐えられますか

始めたことの成果が、なかなか見えない――そんなときに。バフェット、ファーガソン、最澄、大原孫三郎、ユヌス。時代も国も職業も違う5人には、二つの共通点がありました。誰一人すぐの結果を求めなかったこと。そして全員が、自分がいなくなった後も機能する「仕組み」を遺したこと。

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大原おおはら孫三郎まごさぶろう――数億円を遊びで溶かした男が、100年後も残るものを遺した

過去の失敗が頭から離れない――そんな人へ。遊びと賭博でいまの価値にして数億円の借金を作り、大学を中退した青年が、26歳で社長になった。その理由は、会社の寄宿舎で社員が亡くなり、父が責任を取って辞めたからだった。だから彼は、工場に病院と学校を作った。100年後も残るものを遺した男の話。