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やめたほうがいいと、分かっている。
もう成果が出ていない習慣。惰性で続けている作業。誰も本気で必要としていない会議や慣例。
それでも――なぜか、やめられない。
「今までずっとやってきたから」 「やめると、誰かが困るかもしれない」 「変えるのは、面倒だから」
そうやって、私たちは"もう働いていないもの"を、抱えたまま生きています。
これは、個人だけの話ではありません。
たとえば、退職金制度。日本の退職金は長らく「同じ会社に長く勤めるほど有利」という前提で作られてきました。ところが今、転職は当たり前になり、複数の会社でキャリアを積む人が増えています。
制度と現実が、明らかにズレている。それなのに――報道によれば、退職金制度の改革に手をつけていない企業は、7割を超えるといいます。
「変えるべきだと分かっているのに、変えられない」
この、あまりにも人間らしい問題に、明快な答えを出した人がいます。「マネジメントの父」、ピーター・F・ドラッカーです。
「もし今なかったら、それを始めるか?」
ドラッカーが、経営者に投げかけ続けた有名な問いがあります。
「もし今、これをやっていなかったとして、改めて始めるだろうか?」
答えが「ノー」なら――それは、やめるべきものだ。
驚くほどシンプルで、恐ろしいほど切れ味のある問いです。
さきほどの退職金制度に当てはめてみましょう。「もし今、退職金制度がなかったとして、この長期勤続型の仕組みを、ゼロから作るだろうか?」
多くの企業が「作らない」と答えるはずです。それでも変えられないのは――変える痛みを、避けているだけなのです。
「体系的廃棄」――始める前に、まず捨てる
ドラッカーが繰り返し説いたのが、「体系的廃棄」という考え方です。
新しいことを始める前に、まず「もう成果を生まなくなったもの」を捨てなければならない。
理由は明快です。組織にも個人にも、資源(時間・人・お金)には限りがあるから。古いものを抱えたままでは、新しいことに使う資源が、どこにも残らないのです。
多くの人は、うまくいかないとき「何か新しいことを始めよう」と考えます。
けれどドラッカーは、逆を説きました。「まず、何をやめるかを決めよ」と。
新しいことを始めるには、時間もエネルギーも必要です。でも私たちは、たいてい既存のことで手一杯。だから、まず「やめること」を決める。そこに空きができて、初めて新しいものが入る余地が生まれます。
余白があるから、新しいものが入る。これは、荘子の「無用の用」とも響き合う真理です。
なぜ、捨てられないのか
では、なぜ私たちは古いものを手放せないのでしょう。ドラッカーは、その理由を鋭く見抜いていました。
一つは、感情です。
長年続けてきたものには、愛着があります。作った人への配慮もある。「これを変えたら、誰かが傷つくのではないか」という遠慮が働く。
もう一つは、成功体験です。
かつて成果を上げた方法ほど、捨てにくい。「これでうまくいったのだから」という記憶が、変化を妨げます。
ドラッカーは、こう言い切りました。
「成功ほど失敗のもとはない」
過去の成功が、未来の変化を邪魔する。これは組織だけでなく、個人にもそのまま当てはまります。
かつてうまくいったやり方に固執して、新しい方法を試せない。過去の自分のスタイルを守ろうとして、成長が止まってしまう。
「捨てる勇気」がなければ、人は前に進めないのです。
今を生きる私たちへ
ドラッカーの「体系的廃棄」は、経営者だけの話ではありません。私たちの毎日に、そのまま使えます。
続けているものに、あの問いを投げる。 習慣、サブスク、人付き合い、SNSのアプリ、毎週の予定。「もし今なかったら、あらためて始めるだろうか?」――この一問だけで、驚くほど整理が進みます。
感情ではなく、「今、成果が出ているか」で見る。 「せっかく続けてきたのに」という気持ちは、判断を鈍らせます。過去に払ったコストではなく、これから生む成果で判断する。冷静ですが、これが正解です。
始める前に、まず「やめること」を一つ決める。 新しい習慣を始めたいなら、先に何かをやめる。手帳に空白がないまま新しい予定を足しても、続きません。
過去の成功を、そっと疑ってみる。 「昔これでうまくいった」は、今も正しいとは限りません。成功体験は、いちばん手放しにくく、いちばん厄介な荷物です。
型を守り、破り、やがて離れる――千利休の「守破離」も、身につけた型を手放す勇気があって初めて、その先へ進めるという教えでした。
捨てることは、失うことではありません。新しいものが入る場所を、作ることです。
おわりに
ドラッカーは、95歳で亡くなるまで、執筆と教育を続けました。
彼自身、常に自分の考えを更新し続けた人でした。過去の自分の理論に固執せず、時代の変化に合わせて、思考を進化させ続けた。だからこそ、その言葉は今も古びません。
彼の、最も有名な言葉のひとつがあります。
「未来を予測する最良の方法は、それを創り出すことである」
変化を恐れて古いものにしがみつけば、未来は勝手に決まってしまいます。けれど、自ら古いものを捨て、新しいものを創れば――未来は、自分の手で作れる。
「変えるべきと分かっているのに、変えられない」
これは、企業だけの話ではなく、私たち一人ひとりの日常にも、必ずあるものです。
今週、一つでいい。「もう成果を生んでいないもの」を見つけて、そっと手放してみる。
その小さな決断が、未来を創る第一歩になります。
(ドラッカーの「捨てる」を、他の4組の賢者との"共通点"から振り返るまとめ記事「分かっているのに、動けない」を終わらせるも公開しています)
この思想家を、もっと知りたい方へ
ドラッカーの著作は数多くありますが、最初の一冊としては『マネジメント[エッセンシャル版]』が定番です。
経営書でありながら、その本質は「人と組織をどう生かすか」という人間論。管理職でなくても、仕事や活動の組み立てを見直したい人に、驚くほど響きます。働く個人に向けた『プロフェッショナルの条件』も、自分の時間と成果を見つめ直す一冊としておすすめです。
「捨てる勇気」がなぜ必要なのかを知った今なら、その一行一行が、より深く胸に届くはずです。
『マネジメント[エッセンシャル版] 基本と原則』(ダイヤモンド社・上田惇生 編訳) 「マネジメントの父」の主著のエッセンスを一冊に凝縮した、定番の入門書。組織の話でありながら、自分の仕事と時間の使い方を見直す一冊としても読めます。
人物プロフィール:ピーター・F・ドラッカー
氏名:ピーター・ファーディナンド・ドラッカー(Peter Ferdinand Drucker) 生没年:1909年11月19日 ― 2005年11月11日 出身:オーストリア・ウィーン(のちアメリカ国籍) 分野:経営学者・社会生態学者 異名:「マネジメントの父」「マネジメントの発明者」
経歴・功績
ひとことで:「マネジメント」という学問を作り上げた思想家。新しいことを始める前に、まず成果を生まなくなったものを捨てよ――「体系的廃棄」を説き、変化を恐れる組織と個人に、捨てる勇気を教え続けた。
