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本日は、今週ご紹介した5人を、少し引いたところから眺めなおす回です。
戦後の経営者、高校野球の監督、江戸初期の学者、昭和の財界人、江戸の大名。時代も立場も、まったく違います。
ところが書き終えて並べてみたら、全員が同じ順番で動いていました。
さて、何をしていたのでしょうか。
月曜|出光佐三――先に、守った
1945年8月。海外資産のすべてを失い、残ったのは莫大な借金だけ。仕事はゼロ。それでも社員は約1,000人。
重役たちが人員整理を建言したとき、彼はこう一喝しました。
馘首はならぬ、仕事をつくれ
先に「切らない」と決めた。だから社員のほうが、自分たちで仕事を探しにいきました。詳しくは出光佐三の回で。
火曜|高嶋仁――先に、線を引いた
甲子園出場38回、春夏通算68勝の歴代最多監督。「強打智辯」の印象とは裏腹に、本人はこう言い切ります。
いま言われる「強打智辯」を作ったことは1回もありません
練習では厳しく、本番では手を離す。握る場所と離す場所を、先に決めていた人でした。詳しくは高嶋仁の回で。
水曜|中江藤樹――先に、自分を正した
27歳で脱藩し、故郷の村に戻って母を養いながら学問を説いた人。命令もせず、規則も作らなかったのに、村から争いが減り、落とし物が返ってくるようになりました。
彼が説いたのは「五事を正す」——貌・言・視・聴・思。顔つき、言葉、目、耳、心を整えることです。
私はただ、当たり前のことをしただけだ
村人がそう言うようになるまで、彼は自分の側だけを変えていました。詳しくは中江藤樹の回で。
木曜|土光敏夫――先に、自分が削った
69歳で東芝の再建を託されたとき、社員に告げた言葉です。
社員諸君にはこれまでの3倍、働いてもらう。役員にはその10倍働いてもらう。私はそれ以上に働く
財界のトップにいながら、家での食事はめざしと味噌汁。84歳で行政改革を無報酬で引き受けました。要求する前に、自分が払っている人です。詳しくは土光敏夫の回で。
金曜|上杉鷹山――先に、定義を残した
17歳で、破綻寸前の藩を引き継いだ人。藩主の年間経費を1500両から209両に削り、自ら鍬を持って田に入りました。
そして家督を譲るとき、次の藩主を縛る三か条を残します。「伝国の辞」です。
国家人民の為に立たる君にして、君の為に立たる国家人民には無之候
藩主は領民のために在るのであって、その逆ではない。自分の人格ではなく、役割の定義そのものを書き換えて置いていきました。詳しくは上杉鷹山の回で。
5人を貫く一本の線
並べてみると、はっきりします。
出光は守ることを、高嶋さんは線引きを、藤樹は自分の在り方を、土光は自分の取り分を、鷹山は役割の定義を——全員が、命じる前に済ませています。
順番が、逆なのです。
普通は「まず言う」から始めます。言って、動かなかったら、もう一度言う。それでも動かなければ、仕組みを疑う。
この5人は、言う前にやっていました。
だから、言わなくても動いた。
「言わなくても動くチーム」というのは、放っておいても動くチームのことではありません。
言う前に、こちら側で終わらせてあることが多いチームのことです。
そしてもう一つ。5人のうち4人は、自分がいるあいだの話でした。鷹山だけが、自分がいなくなったあとの話をしています。
その人がいるから回る、では足りない。いなくなっても回るところまで行って、はじめて完成なのだと思います。
今週の問い
今週の問いを、三つ置いておきます。
①あなたが今週いちばん多く言った指示は、何だったでしょうか。
②その指示を出す前に、自分の側で済ませておけたことは無かったでしょうか。
③あなたが明日いなくなったとして、そのチームで消えてしまうものは何でしょうか。
今週の5冊
今週の記事でご紹介した本を、まとめて置いておきます。
『出光佐三 人を動かす100の言葉』(プレジデント社) 出光の回で。「馘首はならぬ」も「カネは人についてくる」も、この系統の言葉です。
『智弁和歌山・高嶋仁のセオリー 甲子園最多勝監督の勝つための法則88』(ベースボール・マガジン社・田尻賢誉) 高嶋さんの回で。「選手との距離感を大事にする」を第1条とする88の法則が並びます。
『中江藤樹『翁問答』』(致知出版社) 藤樹の回で。「五事を正す」がどんな文脈で語られたのかが、問答形式で読めます。
『経営の行動指針 新訂——土光語録』(産業能率大学出版部・土光敏夫) 土光の回で。本人の著書。精神論だけで終わらない実務論です。
『小説 上杉鷹山 全一冊』(集英社文庫・童門冬二) 鷹山の回で。17歳の若者が何に囲まれていたのかが、物語として伝わってきます。
