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「あの人は、環境に恵まれていたから」
成功した人を見たとき、そう思ってしまうことはありませんか。
生まれた家。学歴。才能。人脈。タイミング。――自分にはそれがない。だから、あの人のようにはなれない。
そう考えると、少しだけ気持ちが楽になります。仕方がなかったのだ、と。
けれど――時代も、国も、職業もまったく違う5人の人物を並べてみたとき、そこに、まったく逆の事実が浮かび上がってきました。
彼らは全員、「持たざる者」から始まっていたのです。
しかも、その5人が成し遂げた方法にも、たった一つの共通点がありました。
今日は、それを解き明かしていきます。
証言① 松下幸之助 ―― 小学校4年で、丁稚奉公へ
「経営の神様」と呼ばれた人物です。
けれどその出発点は、父の事業の失敗による没落でした。小学校を4年で中退し、わずか9歳で住み込みの下働きへ。学歴も後ろ盾もなく、体は生涯病弱でした。
彼が説いたのは「ダム経営」。好況のときに少しずつ蓄え、不況のときに使う。一度に大きく稼ぐ方法ではなく、日々の少しずつの蓄えが、いざというときの余裕を生むという考え方でした。
→ 余裕は、必要になってからでは作れない――松下幸之助「ダム経営」の教え
証言② 嘉納治五郎 ―― 身長158センチ、いじめられっ子
柔道の創始者です。
けれど彼は、体が小さく虚弱で、同級生にいじめられていた少年でした。学業では負けないのに、力ではまるで敵わない。その悔しさが出発点でした。
彼が作ったのは「柔道」。「柔道は、心身の力を最も有効に使用する道である」と定義し、畳の上での一つひとつの稽古が、技だけでなく人間を育てると説きました。日々の稽古の積み重ねこそが、人を作るのだと。
→ 158センチの少年が、世界に広めたもの――嘉納治五郎「術」から「道」への革命
証言③ ベンジャミン・フランクリン ―― 17人兄弟の15番目
アメリカ100ドル紙幣の顔になった人物です。
けれど彼は、貧しいろうそく職人の家に生まれた17人兄弟の15番目。学校に通えたのは、わずか2年だけでした。
彼が生涯続けたのは、小さな手帳に印をつけることでした。13の徳目を掲げ、一週間に一つだけに集中する。毎朝「今日どんな良いことをしようか」、毎晩「今日どんな良いことをしただろうか」と問う。地味な習慣の積み重ねが、彼を作りました。
→ 習慣が続かないのは、意志が弱いからではない――フランクリン「13の徳目」の実験
証言④ 豊田喜一郎 ―― 自動車産業のない国で
トヨタ自動車の創業者です。
けれど彼が挑んだのは、日本に自動車を作る技術も、部品産業もほとんどなかった時代でした。誰もが「無理だ」と思っていた。
彼が最初にしたのは、アメリカ車を買ってネジ一本まで分解することでした。スケッチし、材質を分析し、一つずつ検証する。その地道な作業の積み重ねから、やがて世界一の自動車メーカーが生まれました。
→ 「できない」という前に、まずやってみろ――豊田喜一郎が、道なき道を切り拓いた言葉
証言⑤ ジェイン・ジェイコブズ ―― 学位も権力もない一住民
世界の都市計画の常識を変えた人物です。
けれど彼女は、都市計画の専門家でも、政治家でもありませんでした。建築の学位すら持たない、ただの住民でした。
それでも彼女は、巨大な高速道路計画を撤回させます。彼女が信じたのは「通りの目」――店主が店先から見ている、住人が窓から眺めている、そんな日常的な視線の積み重ねこそが、街を安全にするのだという考えでした。
→ 一人の住民が、巨大な計画を止めた――ジェイン・ジェイコブズ「通りの目」の話
5人に共通する、たった一つの方法
誰一人、恵まれた環境から始めていません。
そして――誰一人、「一発逆転」を語っていません。
松下は、日々の少しずつの蓄えが「ダム」を作ると説いた。 嘉納は、畳の上の一つひとつの稽古が人格を作ると説いた。 フランクリンは、毎日の小さな習慣が人生を変えると説いた。 喜一郎は、ネジ一本の分解から自動車産業を築いた。 ジェイコブズは、日常の挨拶や視線が街を作ると説いた。
彼らが共通して語ったのは、地味で、目立たない、日々の積み重ねでした。
これは、二宮尊徳の「積小為大」、鍵山秀三郎さんの「凡事徹底」とも、まったく同じことを言っています。
洋の東西を問わず、何かを成し遂げた人たちは、みな同じ結論にたどり着いているのです。
小さなことを、続ける。それだけが、大きなものを生む道である、と。
今を生きる私たちへ
この事実は、実はとても希望のある話です。
なぜなら――「持っていないこと」は、始めない理由にならないと、5人が証明しているからです。
「環境に恵まれなかった」を、脇に置いてみる。 5人とも、持たざる者でした。けれど誰も、それを言い訳にしなかった。持っていないことは、事実ではあっても、動かない理由にはなりません。
一発逆転を、探すのをやめる。 大きく変えようとするほど、続きません。歴史に名を刻んだ人たちでさえ、やっていたのは地味なことの繰り返しでした。
今日できる、小さな一つを決める。 手帳に印をつける。挨拶をする。分解して調べる。少しだけ蓄える。どれも、今日からできることばかりです。
成果が見えなくても、やめない。 積み重ねは、途中では見えません。見えないところで積み上がっているものを信じられる人だけが、いつかその成果に出会えます。
おわりに
私たちはつい、成功した人を「特別な人」だと思ってしまいます。
けれど今日の5人は、誰一人として、恵まれたところから始めていませんでした。
小学校4年で奉公に出た少年。いじめられていた小柄な少年。17人兄弟の15番目。産業のない国で自動車を作ろうとした技術者。学位も権力もない一人の住民。
彼らが特別だったのは、持っていたものではありません。
持っていないまま、小さなことを続けたことでした。
派手ではありません。誰かに褒められることもない。
けれど、確実に何かが積み上がっていきます。
(先週は、この5人が「動く」ことをどう捉えていたかをまとめました。「分かっているのに、動けない」を終わらせる――5人の賢者が示した、たった一つの答えも、あわせてどうぞ。)
あなたの心に、いちばん響いた一人は誰だったでしょうか。
その人がやっていた「小さなこと」を、たった一つ、来週やってみてください。
その一歩は、思っているよりずっと、大きな道につながっています。

今回の5賢者ガイド ―― もっと深く出会うための5冊
今日登場した5人。「最も響いた一人」から、その言葉の源にそっと触れてみてください。
松下幸之助『実践経営哲学』(PHP文庫) 六十余年の事業体験から生まれた経営観を20項目に。「ダム経営を実行すること」の章があります。
嘉納治五郎『嘉納治五郎 オリンピックを日本に呼んだ国際人』(潮文庫・真田久) 「精力善用・自他共栄」、術を道に変えた教育者の生涯を、第一人者がやさしく描いた評伝。
ベンジャミン・フランクリン『フランクリン自伝』(岩波文庫) 13の徳目と手帳の実験を、本人の言葉で。自己啓発書の原点とも言われる一冊です。
豊田喜一郎の思想を継いだ一冊『トヨタ生産方式――脱規模の経営をめざして』(ダイヤモンド社・大野耐一) 喜一郎のジャスト・イン・タイムを現場で育て上げた本人による名著。「制約が革新を生む」原点です。
ジェイン・ジェイコブズ『アメリカ大都市の死と生[新版]』(鹿島出版会・山形浩生 訳) 「通りの目」「歩道のバレエ」が生まれた都市論の古典。街を歩く目線で書かれています。
