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今週は「伝わらないのは誰の責任か」を、五人と考えてきました。
経済、スポーツ、文学、仕事、地域の活動。分野はばらばらですが、五人とも同じことをしていました。
相手のせいにする前に、自分の伝え方のどこかを変えていたのです。
誰かを責めても、説明は変わらない
「説明したのに」「読んでくれれば分かるのに」。そんな思いが浮かぶとき、伝える側には疲れや焦りがあるのかもしれません。
一方、受け取る側にも事情があります。知らない用語がある。判断の理由が見えない。質問する余裕がない。参加の仕方が分からない。
「伝わらないのは誰の責任か」。この問いを、悪い人を決めるために使うと、そこで話が止まってしまいます。何が間に抜けていたのかを探す問いに変えると、次の工夫が見えてきます。
月曜|高橋是清――相手が知っているところから始める
高橋是清は、支出と貯蓄の例を使って、一人の財布と国全体の経済では見え方が違うことを説明しました。難しい仕組みの入口に、具体的な生活の場面を置いたのです。
私たちが見直せるのは、説明の出発点。相手がまだ知らない言葉から始めていなかったか。身近な例を使い、その例が当てはまる条件まで添えていたか。
火曜|野村克也――自分で判断できる手がかりを渡す
野村克也の教えは、選手のミーティングノートにも残りました。共著『師弟』では、そのノートを開いて学びを振り返っています。
同じ指示を何度も出す前に、相手が何を見て判断するのかを共有できているか。言葉を、あとから確かめられる形で残せているか。
水曜|正岡子規――実感を具体的にし、届ける負担を減らす
正岡子規の『病牀六尺』には、病床の実感が具体的に記されます。原稿を送る封筒の宛名を印刷してもらう話からは、届けるまでの手間への工夫も見えます。
「もっと詳しく説明して」と求めるだけでなく、短い言葉でも伝えられる形をつくる。話せないときは待つ。受け取る側も、伝わるための条件を支えられます。
木曜|井深大――何のための仕事かを文章にする
井深大の設立趣意書には、技術者が力を発揮できる場所への願いが書かれています。目指す働き方を、そのまま言葉にしていました。
理念が届かないときは、大きな言葉を繰り返すだけでなく、その言葉でどんな判断ができるかを確かめる。目的と日々の行動を結び直します。
金曜|福澤諭吉――発信の先に、参加できる場をつくる
福澤諭吉は書物や新聞を通じて発信し、演説や討論の普及にも取り組みました。
活動を知った人が、質問できるか。見学できるか。意見を出せるか。知らせることの先に入口を用意すると、発信は人とのやり取りへ進みます。
今を生きる私たちへ
1つめ。「誰が悪い」から「どこで止まった」へ。
用語、理由、手順、時間、話す場。伝わるまでのどこに難しさがあったのかを、一つずつ見ます。
2つめ。変えることは、一度に一つでよい。
具体例を添える、理由を書く、問い合わせ先を置く。まず一つ変え、相手の反応を見ながら調整します。
3つめ。理解と同意を、分けて受け止める。
説明が伝わっても、相手が別の考えを選ぶことはあります。賛成しないことを、理解していない証拠にしないようにします。
4つめ。伝える人にも、受け取る人にも余白を。
伝える側が改善を始めることと、すべての結果を背負うことは別です。疲れているときは時間や手段を変え、続けられる関係を大切にします。
おわりに
学問の要は活用に在るのみ。
五人が同じ答えを残したわけではありません。それぞれの時代と仕事に、言葉を届けるための異なる工夫がありました。
誰の責任かという問いに、一人の名前で答える必要はないのでしょう。まず、自分が変えられる一つを変える。そして、相手にしか分からない事情を聞く。その往復から、伝わる関係をつくっていけたらと思います。
——あなたが「何度言っても伝わらない」と感じている場面は、五つのうち、どこで止まっているでしょうか。

今週の5冊
今週の記事でご紹介した本を、まとめて置いておきます。
『随想録』(中公文庫・高橋是清 著/上塚司 編) 難しい話を、聞く人の暮らしのほうへ運んだ人の書きもの。人や社会をどう見ていたかにも触れられます。
『師弟』(講談社・野村克也/宮本慎也) ミーティングノートを手がかりに、教える側と教わる側の両方の視点に触れられる一冊です。
『病牀六尺』(岩波文庫・正岡子規) 亡くなる二日前まで書き継がれた随筆。「つらい」の中身が、どこまで具体的に書けるかが分かります。
『井深大 自由闊達にして愉快なる』(日本経済新聞出版社・井深大) 何のために始めるのかを文章にした人の回想。東京通信工業を始めた日のことも本人の言葉で語られます。
『学問のすゝめ』(講談社学術文庫・福沢諭吉 著/伊藤正雄 校注) 学んだことを活かすとは何か。発信の先に、人が参加できる場をつくるという話につながります。
