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道の章

習慣が続かないのは、意志が弱いからではない――フランクリン「13の徳目」の実験

「今年こそは」と決めた習慣が、また続かなかった――続かない原因は意志ではなく、やり方かもしれない。300年前、フランクリンは13の徳目を手帳に記し、一週間に一つだけに集中した。完璧でなくていい。目指すだけで価値がある。

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ろうそくの灯りの下、手帳の表に印をつけるベンジャミン・フランクリン(イメージ挿絵:和育道)
ろうそくの灯りの下、手帳の表に印をつけるベンジャミン・フランクリン(イメージ挿絵:和育道)

「今年こそは」と決めた習慣が、また続かなかった。

早起き。運動。読書。日記。手帳。――始めた日の意気込みはどこへやら、三日、一週間、長くて一ヶ月。気づけば、いつもの日常に戻っている。

そのたびに、こう思ってしまいます。「自分は意志が弱いんだ」と。

でも――もし、続かない原因が意志ではなく、やり方にあるとしたら、どうでしょう。

今からおよそ300年前、この問題に、驚くほど実践的な答えを出した人がいます。

アメリカの100ドル紙幣に描かれている人物。ベンジャミン・フランクリンです。

学校教育、わずか2年

まず、彼がどんな人だったかを見ておきましょう。

ベンジャミン・フランクリンは、大統領を務めたことがありません。それなのに、アメリカ最高額紙幣の顔になっている。それほど、建国の父として敬愛されている人物です。

しかも肩書きは、政治家だけではありません。

印刷業者、新聞発行人、著述家、外交官、そして科学者。凧を使った実験で雷が電気であることを示したと伝えられ、避雷針を発明したのも彼です。

その出発点は、決して恵まれていませんでした。

貧しいろうそく職人の家に生まれ、17人兄弟の15番目。学校に通えたのは、わずか2年だけでした。

そんな彼が、なぜこれほど多くを成し遂げられたのか。

秘密は、20代で始めた、ある「習慣」にありました。

13の徳目と、小さな手帳

20代のフランクリンは、途方もない計画を立てます。

「道徳的完全性に到達する」

彼は、人間に必要な徳を13項目に整理しました。

節制、沈黙、規律、決断、節約、勤勉、誠実、正義、中庸、清潔、平静、純潔、謙譲。

そして――ここが彼の非凡なところです。彼は、ただ「心がける」だけでは絶対に実現しないと考えました。

そこで、極めて実践的な方法を編み出します。

小さな手帳を作り、13の徳目を縦に、曜日を横に並べた表を書いた。そして毎晩その日を振り返り、守れなかった徳目に印をつけていったのです。

さらに、彼のやり方でいちばん重要なのがここです。

一週間ごとに、一つの徳目だけに集中した。

第一週は「節制」だけに全力を注ぐ。次の週は「沈黙」に。13週で一巡し、それを年に4回繰り返す。

一度に全部やろうとしない。一つずつ、確実に身につけていく。

冒頭の「習慣が続かない」問題の答えが、ここにあります。多くの人は、一度に全部変えようとして、全部を失敗するのです。

「完璧には、なれなかった」

そして、ここがフランクリンの誠実さが最も表れる部分です。

彼は自伝の中で、正直にこう告白しています。

私は、道徳的完全性には到達できなかった。それどころか、遠く及ばなかった。

13の徳目を守ろうとしても、手帳の印は消えなかった。特に「規律(整理整頓)」は、最後まで苦手だったといいます。

けれど、彼はこう続けます。

それでも、この努力によって、私はより良い人間になり、より幸福になった。もしこの試みをしなかったら、決してこうはならなかっただろう。

完璧を目指したが、届かなかった。それでも、目指したこと自体に価値があった

これは、とても大切な教えです。

私たちは「完璧にできないなら、やる意味がない」と考えて、始めることすらやめてしまいがちです。三日坊主になった自分を責めて、また元に戻る。

でもフランクリンは違いました。完璧に届かなくても、目指す過程で、確実に成長したのです。

朝と夜の、二つの問い

フランクリンには、もう一つ有名な習慣がありました。

彼は毎日、朝と夜に、自分に問いを立てていました。

朝の問い 「今日、私はどんな良いことをしようか?」

夜の問い 「今日、私はどんな良いことをしただろうか?」

このシンプルな二つの問いが、彼の一日を方向づけました。

朝の問いは、その日の意図を定めます。なんとなく一日を始めるのではなく、目的を持って始める。

夜の問いは、その日を振り返る。良いことができたなら、それを認める。できなかったなら、明日の課題にする。

たったこれだけです。けれど、意図を持って始め、振り返って学ぶ。この循環が、日々の積み重ねを確実なものにしていきました。

今を生きる私たちへ

フランクリンのやり方は、300年後の私たちがそのまま使えます。

一度に全部やろうとしない。 これが最大のコツです。早起きも運動も読書も日記も、と欲張るから全部崩れる。今週は一つだけ。それが遠回りに見えて、いちばん確実です。この「一つずつ、確実に」は、ジョン・ウッデンの「基本の徹底」にも通じます。

「記録する」だけで、行動は変わる。 フランクリンは印をつけただけでした。頭で意識するのと、紙に残すのとでは、まるで違います。可視化された瞬間、続きやすくなります。

完璧でなくていい。目指すだけで価値がある。 三日坊主でも、また始めればいい。フランクリンでさえ最後まで印を消せなかったのです。できなかったことを責めるより、続けたことを認める。

朝と夜に、一つずつ問いを持つ。 朝「今日どんな良いことをするか」、夜「今日どんな良いことをしたか」。これだけで、一日が意味あるものに変わります。

おわりに

ベンジャミン・フランクリンは、84歳で亡くなりました。

彼は自分の墓碑銘を、若い頃に自ら考えていたそうです。印刷業者らしい、ユーモアあふれるものでした。

――印刷屋ベンジャミン・フランクリンの遺体、ここに眠る。古い本の表紙のように、中身は取り去られ、文字も金箔も剥ぎ取られて。しかし、この作品は失われはしない。著者が校訂し、新たな、より美しい版となって、再び現れるのだから。

自分の人生を「本」にたとえた。そして、まだ改訂の余地があると考えていた。

彼は生涯、自分を改訂し続けたのです。完成したとは、決して思わなかった。

学校教育わずか2年の少年が、政治家として、科学者として、著述家として、歴史に名を刻みました。

その差を生んだのは、才能ではありません。日々の習慣です。

小さな手帳に印をつける。朝と夜に問いを立てる。一週間に一つの徳目に集中する。

どれも地味で、誰にでもできることばかりです。けれど、それを何十年も続けた人は、ほとんどいません。この「誰にでもできることを、続けきる」姿は、鍵山秀三郎の「凡事徹底」そのものです。

小さな積み重ねが、やがて大きな実りになる。二宮尊徳の「積小為大」と同じ道を、海の向こうのフランクリンも歩いていました。

続けたからこそ、彼は100ドル札の顔になりました。

今日、たった一つでいい。小さな習慣を、始めてみませんか。

その積み重ねが、静かに、けれど確実に、人格を作っていきます。

(フランクリンの「小さな習慣」を、他の4人との“共通点”から振り返るまとめ記事歴史に名を刻んだ5人は、全員「持たざる者」だったも、あわせてどうぞ。)

(「途中でやめない」ことの威力を、複利という形で語った人がいます。数字に振り回される人と、待てる人――バフェットが語った「忍耐」の話も、あわせてどうぞ。)

この人物を、もっと知りたい方へ

『フランクリン自伝』は、200年以上読み継がれてきた自己啓発書の原点とも言われる一冊です。

13の徳目と手帳の実験、そして「完璧には届かなかった」という正直な告白。飾らない筆致で綴られたその内容は、今の私たちの習慣づくりに、そのまま使えます。

『フランクリン自伝』(岩波文庫・松本慎一/西川正身 訳) 13の徳目の実験から独立への歩みまで、本人の言葉で読める定番の一冊。自己啓発書の原点です。

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学校教育わずか2年の少年が何を積み重ねたかを知った今なら、その一行一行が、より具体的に胸に響くはずです。

人物プロフィール:ベンジャミン・フランクリン

  • 氏名:ベンジャミン・フランクリン(Benjamin Franklin)
  • 生没年:1706年 ― 1790年/アメリカ・ボストン生まれ
  • 分野:政治家・外交官・著述家・印刷業者・科学者・発明家
  • 異名:「アメリカ建国の父」の一人
  • 経歴・功績

  • ろうそく・石けん職人の家に、17人兄弟の15番目として誕生。家計の事情で学校に通えたのは約2年間だけだった。
  • 兄の印刷所で徒弟として働いたのち、フィラデルフィアで独立。印刷業と新聞発行で成功を収め、『貧しいリチャードの暦』は広く読まれた。
  • 図書館、消防隊、大学(後のペンシルベニア大学)、病院など、市民のための公共事業を数多く創設した。
  • 科学者としても知られ、凧を使った実験で雷が電気であることを示したとされる。避雷針、遠近両用眼鏡、フランクリン・ストーブなどを発明し、特許を取らずに社会へ公開した。
  • アメリカ独立宣言の起草に関わり、外交官としてフランスの支援を取りつけるなど、独立に決定的な役割を果たした。合衆国憲法の制定にも関与している。
  • 大統領は務めていないが、建国の父として深く敬愛され、100ドル紙幣の肖像に採用されている。
  • 20代で始めた「13の徳目」と手帳による自己管理の実践は、『フランクリン自伝』に記され、後世の自己啓発・手帳術に大きな影響を与えた。
  • ひとことで:学校教育わずか2年から、政治・科学・出版と多分野で歴史に名を刻んだ人物。その原動力は才能ではなく、13の徳目を手帳に記し続けた、地味な日々の習慣だった。

    参考:ウィキペディア「ベンジャミン・フランクリン」

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