はじめまして。このブログ「和育(WA-IKU)」を訪ねてくださり、ありがとうございます。
最初の一篇くらいは、何を書く場所なのか、誰が書いているのか、少しだけ自己紹介をさせてください。
「和育」という三文字に込めたもの
和育は、三つの言葉でできています。
・和 — 日本の文化。茶や和室、陶器、盆栽、相撲といった、Nippon の美と心。 ・育 — 育まれ、育っていくこと。畑も、花も。何かを育てるように、人もまた、誰かと共に育つ。 ・道 — 伝え、歩んでいく道。いま自分が立っている現場と、その先へ続く道のり。
日本の文化と共に育ち、その文化を継ぐ者として歩み、伝える道を世界へひらく。 — Nurtured by Nippon. Walking the Way to Share.
別々に見える三つですが、根っこを流れているテーマはひとつだけ。「人と共に育つ」ということです。
書いている人のこと
具体的な肩書きや所属はあえて書きません。けれど、どんな景色の中で日々を過ごしているかは、お伝えしておきたいと思います。
・現場で、人と共に働く。 ・バスケットボールのコートで、選手と共に育つ。 ・地域で、人の輪を編む。
どの場面でも気づくのは、「教える」「指導する」と言いながら、いちばん学んでいるのは自分自身だ、ということ。教える瞬間に、こちらもまた育っている。その実感が、このブログの出発点になりました。
肩書きは時とともに変わっていくでしょう。けれど、変わらないものもあります。それは「人と共に育つ」ことに向き合い続ける姿勢と、日本の文化とともに歩み、伝えていくという、この一本の道だけです。
何を、どう書いていくか
このブログは、大きく三つの「章」に分けて綴っていきます。章そのものが増えることはありませんが、それぞれの軸の中で扱うテーマは、これからゆっくり広がっていきます。
和の章
茶・和室・陶器・盆栽・相撲。暮らしの中にある日本の美しさと、その奥にある心を言葉にします。
ここで、ひとつ白状しておくと——「盆栽も毎日水をやって育てるのに、どうして"育"じゃなく"和"なの?」と思う方がいるはずです。たしかに盆栽は、日々手をかけて育てるもの。それでも私が盆栽を和の章に置くのは、その手間の先にある「仕立てられた一鉢の美」を味わうところに、いちばんの心が宿ると感じているからです。
同じ「育てる」でも、完成した美や型を愛でる方へ重心があるものは和へ。育っていく過程に寄り添うものは育へ。私の中では、そんなふうに線を引いています。
育の章
畑・花、そしてコーチング。畑や花を季節に合わせて育てること、コートで選手と向き合うこと——対象は違っても、「急がず、腐らせず、共に育つ」という姿勢は同じです。種から実りまで、つぼみから花まで、その育っていく時間そのものに寄り添う話を、ここに綴ります。
道の章
現場の知恵や、新しい道具・挑戦のこと。そして、この道の先に描いている目標のことも。
ひとつ、正直に書いておきたい目標があります。いつか、バスケットボールを毎日見られるような環境を、自分の手でつくること。好きなものに毎日触れていられる暮らしを、自分の足で歩いて手に入れたい。このブログは、その道のりの記録でもあります。
派手な結論や正解を急ぐつもりはありません。盆栽の枝を一日一日ながめるように、ゆっくりと、一歩ずつ。読んでくださる方の暮らしのどこかに、小さな気づきの種をひとつでも置いていけたら、と思っています。
これから少しずつ、言葉が積もっていきます。よければ時々、足を運んでみてください。
どうぞ、よろしくお願いします。
