和育道〜wa-iku〜
育の章

井深いぶか大まさる「自由豁達かったつニシテ愉快ナル理想工場ノ建設」――理念が伝わらない会社で

Masaru Ibuka — Engineer & co-founder of Sony, from Nikko, Japan (1908–1997) Read in English ↓

会社を始めるとき、何を最初に言葉にするのか。井深大が書いた設立趣意書には、働く人と、その力を生かす場所への願いがありました。

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窓から光が差す工房の作業台に、真空管と銅線、白紙と鉛筆が置かれている(イメージ挿絵:和育道)
窓から光が差す工房の作業台に、真空管と銅線、白紙と鉛筆が置かれている(イメージ挿絵:和育道)

本日ご紹介するのは、会社を始める前に、まず働く場所のあり方を文章にした人です。

その文章は80年近く前のものですが、いまも読めます。しかも、掲げるための言葉ではなく、迷ったときに戻るための言葉として書かれていました。

さて、どんな人だったのでしょうか。

昨日の正岡子規は、実感を具体的な言葉にした人でした。今日は、目的のほうを具体的な言葉にした人です。

立派な言葉なのに、判断に使えない

「挑戦する」「人を大切にする」。どちらも大事な言葉です。

けれど、仕事が重なったときに何を優先するのか。失敗しそうな案が出たときに、どこまで試してよいのか。そこが分からないと、理念は掲げられたまま、日々の仕事と離れてしまいます。

井深大が1946年1月に起草した設立趣意書を読むと、目的を言葉にするとは、働く場所のあり方を描くことでもあると感じます。

戦後の出発点に書かれた、働く場所の願い

井深大(いぶか・まさる)。1908年に生まれ、1997年に亡くなりました。のちのソニーにつながる事業を創設した技術者・経営者です。終戦後の1945年に研究所を創設し、1946年に東京通信工業株式会社を設立しました。

趣意書が掲げた目的の第一項には、技術者が力を十分に発揮できる場所への願いが置かれています。

自由豁達かったつニシテ愉快ナル理想工場ノ建設

出典:井深大「東京通信工業株式会社設立趣意書」会社設立の目的・第一項(ソニー公式)

「自由豁達(じゆうかったつ)」は、ここでは、のびのびと力を発揮できるあり方として読むことができます。単に楽しい職場をつくるというより、技術を持つ人が、その技術を働かせる場所をつくろうとする言葉です。

会社は何を売るのかだけでなく、どんな状態で人が働くのか。その問いが、出発点の文章に入っていました。

文章は、迷ったときに戻る場所になる

この趣意書には、事業の背景や設立目的、経営方針などが記されています。印象的な一節だけでなく、なぜ始めるのかを説明する構造があるのです。

もちろん、文章を書くだけで会社が育つわけではありません。実際の仕事や判断が伴ってこそ、理念は意味を持ちます。それでも、言葉になっていれば「この進め方は、目指す場所に近づいているか」と話し合えます。

たとえば「挑戦を大切にする」と掲げるなら、「小さく試すための時間を確保する」まで書いてみる。「人を大切にする」なら、「困ったことを早めに相談できる機会をつくる」と、仕事の形に置き換える。

これは趣意書に書かれた施策の紹介ではなく、その目的の書き方から考えた、現代の実践例です。大きな言葉を一段具体的にすることで、受け取る人が同じ場面を思い浮かべやすくなります。

今を生きる私たちへ

1つめ。誰の、どんな状態を目指すかを書くこと。

「よい組織」だけで終えず、誰が何をできるようになるのかを一文にします。読み手による受け取り方の違いが見えやすくなります。

2つめ。目的と作業を結びつけること。

会議や報告を増やす前に、その作業が何の役に立つのかを確かめます。目的に結びつかない手間を見つけるきっかけにもなります。

3つめ。理念と実際のずれを、話せるようにすること。

掲げた言葉に合わない出来事があれば、指摘を歓迎します。ずれを隠すより、修正できることが言葉への信頼を育てます。

4つめ。初めて読む人と、具体例を合わせること。

共有文書を送るだけでなく、「この場面ではこう使う」と例を添えます。質問が出た場所を、文章の改善に生かします。

おわりに

井深大の設立趣意書から受け取るのは、伝える前に、伝えたい目的を具体的にするという姿勢です。

「理念を理解してほしい」と願うとき、読み手の熱意だけを求めず、その言葉でどんな仕事ができるのかまで考えてみる。文章はそこで初めて、掲示物から、共に判断するための道具へ変わっていきます。

——あなたの職場やチームで掲げている言葉は、明日の判断に使える形になっているでしょうか。

(掲げた言葉の先に、人が参加できる場所をつくった人もいます。福澤諭吉「学問の要は活用に在るのみ」――いい活動なのに、伝わらないも、あわせてどうぞ。)

(井深大のこの回を、今週の他の4人との共通点から振り返るまとめ記事もあります。5人の賢者――伝わらないのは、誰の責任かも、あわせてどうぞ。)


この考え方を、もっと深く

この回の出発点になった文章は、いまも無料で全文が読めます。

ソニー公式「東京通信工業株式会社 設立趣意書」

井深大という人を、もう少し近くで眺めたい方へ。

『井深大 自由闊達にして愉快なる』(日本経済新聞出版社・井深大) 日本経済新聞の「私の履歴書」を一冊にまとめたもの。祖父のこと、小学生のころから、東京通信工業を始めた日、テープレコーダー、トランジスターまで、本人の言葉で語られています。

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人物プロフィール:井深大(いぶか・まさる)

1908年〜1997年。技術者・経営者。栃木県日光市の生まれ。

早稲田大学理工学部を卒業後、1945年に東京通信研究所を創設。1946年、盛田昭夫らと東京通信工業株式会社(のちのソニー)を設立した。

テープレコーダーやトランジスタラジオの開発を主導し、日本の電機産業を世界へ押し出した。晩年は幼児教育の研究にも力を注いだ。

参考:ウィキペディア「井深大」


井深大が生まれた町

栃木県日光市・大谷川にかかる神橋 —— 井深大が生まれた町の入口(写真:Wikimedia Commons/Nick-D/CC BY-SA 3.0)
栃木県日光市・大谷川にかかる神橋 —— 井深大が生まれた町の入口(写真:Wikimedia Commons/Nick-D/CC BY-SA 3.0)
井深大のゆかりの地=栃木県(赤色)。日光は県の西寄りにある(地図:Wikimedia Commons/Lincun/CC BY-SA 3.0)
井深大のゆかりの地=栃木県(赤色)。日光は県の西寄りにある(地図:Wikimedia Commons/Lincun/CC BY-SA 3.0)
井深大が生まれた日光市(赤色)。栃木県の西寄り、山あいに広がる(地図:Wikimedia Commons/Lincun/CC BY-SA 3.0)
井深大が生まれた日光市(赤色)。栃木県の西寄り、山あいに広がる(地図:Wikimedia Commons/Lincun/CC BY-SA 3.0)

ENGLISH SUMMARY

Masaru Ibuka — Engineer & co-founder of Sony, from Nikko, Japan (1908–1997)

“To build an ideal factory that is open-minded and joyful.”

— Founding Prospectus of Tokyo Tsushin Kogyo, 1946 / English translation by WA-IKU

His birthplace: Nikko, Tochigi Prefecture

He wrote a founding prospectus in January 1946, before the company existed.

Its first stated purpose was a workplace where engineers could use their skills fully.

The document still reads as a guide for everyday decisions, not a slogan.

働き盛りの会社員 × バスケコーチ × 地域活動家

~すべては、愛から~

和を敬い × 人を育て × 道を歩む。

和育道~wa-iku~

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