和育道〜wa-iku〜
和の章

思ったより穫れて、そして腐らせた――ジャガイモに教わった、手間ひまの話

株ごと持ち上げたら、根にゴロゴロぶら下がっていました。思った以上の収穫です。ただ、大きさはバラバラでした。同じ日に同じ畑に植えたのに。そして穫れすぎた分は、配っても保存しても追いつかず、腐らせました。売っているものを買って食べていただけの私が、掘る側に回って分かったことを書きます。

株ごと持ち上げたジャガイモ。根に実がぶら下がっている(撮影:和育道)
株ごと持ち上げたジャガイモ。根に実がぶら下がっている(撮影:和育道)

本日も、偉人ではなく私の畑の話です。

先日、トウモロコシの話を書きました。今日は同じ畑の、別の作物です。

こちらは、思った以上に穫れました。

ただ、うれしかった話だけでは終わりませんでした。

さて、何があったのでしょうか。

株を持ち上げたら、ぶら下がっていた

ジャガイモは、掘るまで分かりません。

地上に出ているのは葉と茎だけです。下に何個ついているのか、大きいのか小さいのか、掘ってみるまで見えない。

株ごと持ち上げたとき、根にゴロゴロぶら下がっているのが見えました。

めちゃくちゃ穫れた、というのが正直な感想です。思っていたより、ずっと多かった。

土から掘り出したジャガイモを軍手の手のひらにのせたところ(撮影:和育道)
土から掘り出したジャガイモを軍手の手のひらにのせたところ(撮影:和育道)

大きいものは、手のひらいっぱいになりました。

でも、大きさはバラバラだった

掘り返した畝に転がるジャガイモ。大きいものと小さいものが混じっている(撮影:和育道)
掘り返した畝に転がるジャガイモ。大きいものと小さいものが混じっている(撮影:和育道)

掘り進めていくと、株によってまったく違いました。

思った以上についているところもあれば、意外と小さいものばかりのところもある。

同じ日に、同じ畑に植えたはずなのに、です。

ここで思いました。

育てているあいだの手間を、もう少し増やしていたら。土寄せの回数、水のやり方、雑草の取り方。

そのひと手間ずつが、たぶんこの差になっている。

トウモロコシのときは「土(土台)」の話でした。今回わかったのは、その次にある「栽培(育成)」の話です。

土台を作っただけでは足りない。作ったあと、どれだけ手をかけ続けるか。

売っているものを、食べていただけだった

収穫したジャガイモをかごに入れたところ(撮影:和育道)
収穫したジャガイモをかごに入れたところ(撮影:和育道)

これが、今年いちばん強く思ったことです。

私はこれまで、お店に並んでいるジャガイモを買って、食べていただけでした。

大きさが揃っていて、傷がなくて、土が落ちていて、袋に入っている。

あれが当たり前だと思っていました。

自分で掘ってみて、はじめて分かりました。

あの「当たり前」を作るために、どれだけの手間がかかっているのか。

手間ひまをかけないと、いい物はできません。

農家さんは、それを毎年、桁違いの規模でやっている。

作る側に一度でも回ってみると、買う側だったときには見えなかったものが見えます。

近江商人の「三方よし」を、掘りながら思い出した

近江商人の「三方よし」は、売り手よし・買い手よし・世間よし——三方が立ってこそ商いだ、という考え方です。

この言葉を、私はずっと「売る側の心得」として読んでいました。

けれど今年、掘りながら思ったのは逆のことでした。

買い手の側が、売り手の手間を知らないままだと、三方よしは成り立たないのではないか。

値段の裏に何時間分の作業があるのか。それを想像できる買い手が増えたとき、はじめて売り手も立てる。

作る側の苦労を知ることは、買う側の礼儀でもあるのだと思いました。

そして、腐らせた

正直に書きます。

穫れた量が多すぎました。

配りました。保存もしました。それでも追いつかず、置きすぎて腐らせてしまったものがあります。

育てたものを捨てるのは、想像していたよりこたえました。

来年は、食べられる分だけ作ろうと思っています。

たくさん穫ることが目的ではなかった。ここも、やってみるまで分かりませんでした。

老子の「上善は水の如し」を書いたとき、頑張りすぎて空回りする話をしました。

畑でも同じでした。量を増やすことと、うまくいくことは、別のことでした。

おわりに

今日から持ち帰れることを、三つだけ。

1つめ。土台を作ったあとの、手間の話。

土を整えるのは入口です。そのあとどれだけ手をかけ続けるかで、質が変わります。仕事も、チームも、たぶん同じです。

2つめ。買う側から、作る側へ一度回ってみること。

一度でも作る側に立つと、値段の見え方が変わります。人への見方も変わります。

3つめ。多く穫ることが、目的ではないということ。

抱えきれない量は、結局こぼれます。自分が扱える量を知っておくのは、弱気ではなく設計です。

——あなたが「当たり前」だと思って受け取っているものは、誰の手間でできているでしょうか。


いつかこれが、売り物になる日が来たらおもしろいなと思っています。

まずは来年、食べられる分だけ。そこからです。

働き盛りの会社員 × バスケコーチ × 地域活動家

~すべては、愛から~

和を敬い × 人を育て × 道を歩む。

和育道~wa-iku~

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