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本日ご紹介するのは、言葉を「戦力」と呼んだ野球人です。
その人が残したのは、名采配の記録ではありません。選手が持ち帰れる形になった、考え方のほうでした。
さて、どんな人だったのでしょうか。
昨日の高橋是清は、難しい話を暮らしの言葉に置き換えた人でした。今日は、その言葉を「あとから使える形」で渡した人です。
指示は聞いた。でも、その場で動けない
「前にも伝えたはずなのに」。教える立場になると、そんな気持ちになることがあります。
ただ、相手が覚えているのは言葉だけで、それを使う場面がまだ分からないのかもしれません。「周りを見て」と言われても、誰を、いつ、何のために見るのかが分からなければ、行動にはつながりにくいものです。
野村克也が重ねたミーティングを知ると、教えることは、指示を出して終わる仕事ではないと感じます。
ノートに残ったのは、考え方だった
野村克也(のむら・かつや)。1935年に生まれ、2020年に亡くなりました。捕手として活躍し、選手兼任監督を経て、複数の球団を率いた人です。
言葉を大切にした姿勢をうかがわせるのが、著書に示されたこの一節です。
言葉は戦力である
出典:野村克也『野村克也の「人を動かす言葉」』(新潮社)。出版社の内容紹介で確認しました。
そして共著『師弟』では、教え子が現役時代のミーティングノートを開き、野村の教えを振り返っています。試合前に発した声だけでなく、書き留められ、あとから考え直せる言葉が残っていたのです。
ノートが残ったから必ず勝てた、と言うことはできません。ただ、その場限りの指示を超えて、学びを持ち帰る道具になっていたことは、この本の成り立ちから伝わります。
大きな声より、判断の手がかり
ここから応用できるのは、「何をするか」に「何を見て決めるか」を添えることです。
たとえばコートで「早く戻って」と伝える場面。動作だけを求めるのではなく、「ボールの位置を見て、相手より先に守る場所を決めよう」と、判断の手がかりを絞って渡す。これは野村の実際の指導語ではなく、その考え方を身近な場面に置き換えた例です。
すべてを一度に説明する必要はありません。一回の練習で一つの視点を共有し、試したあとに、何が見えたかを聞く。説明と経験がつながる余地をつくります。
また、強い言葉が印象に残る人物だからこそ、口調だけをまねないことも大切です。受け手の年齢、関係、置かれた状況が違えば、同じ言葉でも届き方は変わります。叱責が強いほど学べる、という話ではありません。
今を生きる私たちへ
1つめ。指示に、理由をひとつ添えること。
「こうして」で終えず、「この場面で困らないため」と目的を添えます。理由は短くても、別の場面で考える足場になります。
2つめ。見るものを絞って渡すこと。
「全部よく見て」ではなく、最初に確認するものを一つにします。注意の向け先が具体的なら、試しやすくなります。
3つめ。できなかった場面を、一緒にたどること。
理解を試すのではなく、「どこで迷ったか、一緒に整理しよう」と声をかけます。説明不足と経験不足は、必要な支えが違います。
4つめ。言葉を、戻れる形で残すこと。
短いメモや、練習後の一行で十分です。その場のうなずきだけで判断せず、あとから確かめられる形を用意します。
おわりに
伝える側にできるのは、相手の行動を完全に支配することではありません。判断に使える手がかりを渡し、試す機会をつくり、迷ったら戻れるようにすることです。
「何度言えば」と言いたくなったら、「何を見れば判断できるだろう」と考えてみる。野村克也の言葉の残し方は、その切り替えを促してくれます。
——あなたが繰り返し言っている指示に、まだ添えていない「見るもの」は何でしょうか。
(伝える側ではなく、伝わらない側から書いた人もいます。正岡子規「病床六尺、これが我世界である」――「つらい」が伝わらないときにも、あわせてどうぞ。)
(野村克也のこの回を、今週の他の4人との共通点から振り返るまとめ記事もあります。5人の賢者――伝わらないのは、誰の責任かも、あわせてどうぞ。)
この教え方を、もっと深く
野村克也という人を、もう少し近くで眺めたい方へ。
『師弟』(講談社・野村克也/宮本慎也) ミーティングノートを手がかりに、教える側と教わる側の両方の視点に触れられる一冊です。
野球の話としてではなく、生き方の話として読みたい方へ。
『野村克也 人間力』(電波社・野村克也) 「人間は、なぜ生まれてくるのか」。試合前のミーティングで、彼が選手に投げかけていた問いです。野球人でいられる時間は短い。だからこそ人間を磨け、と説き続けた人の流儀が100、並んでいます。
『生き残る技術』(竹書房・野村克也) 「失敗と書いて、成長と読む」。失敗の原因を探り、対策を練る。その繰り返しで進んできた人が、長く生き残るために実践してきたことを一冊にまとめています。
『野村の実践「論語」』(小学館文庫・野村克也) 彼の名言と、孔子の『論語』を並べて読む一冊。あの言葉はどこから来たのか、その幹が見えてきます。当ブログの孔子の回と合わせて読むと、二つの時代が重なります。
人物プロフィール:野村克也(のむら・かつや)
1935年〜2020年。プロ野球選手・監督。京都府の生まれ。
南海ホークスに入団し、捕手として長く活躍。選手兼任監督も務めた。
引退後はヤクルト、阪神、楽天の監督を歴任。データを重んじる「ID野球」と、長いミーティングで知られた。1989年に野球殿堂入り。
野村克也が育った町



