和育道〜wa-iku〜
道の章

大野おおの耐一たいいち「なぜを五回」――同じ問題が、何度も繰り返される理由

同じミスが、また起きた。前にも対策したはずなのに。つい「なぜ学習しないんだろう」と思ってしまいますが、繰り返される原因は人ではなく、対策の浅さにあるのかもしれません。トヨタ生産方式を作り上げた大野耐一が徹底したのは「なぜ」を五回繰り返すこと。そして報告書ではなく、自分の目で現場を見ることでした。

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工場の床に白く描かれた円と、その周りに並ぶ工作機械(イメージ挿絵:和育道)
工場の床に白く描かれた円と、その周りに並ぶ工作機械(イメージ挿絵:和育道)

本日ご紹介するのは、日本のものづくりを世界の標準に変えた、一人の技術者です。

この人が現場で生んだ言葉は、いま英語圏の工場でも、翻訳されないまま使われています。

さて、どんな人だったのでしょうか。

同じミスが、また起きた。

前にも対策したはずなのに。注意もしたのに。しばらくすると、また同じことが繰り返される。

そのたびに、こう思ってしまいます。「なぜ、学習しないんだろう」と。

けれど――繰り返される原因は、人ではなく、対策の「浅さ」にあるのかもしれません。

そのことを、世界の製造業に教えた日本人がいます。

大野耐一(おおの たいいち)。トヨタ生産方式を作り上げた人物です。

翻訳されずに、世界へ広がった言葉

「カイゼン」「ジャストインタイム」「カンバン」「アンドン」

これらの日本語は、そのまま英語として、世界中の工場で使われています。訳す必要がないほど、この方式が世界の標準になったからです。

その体系を作り上げたのが、大野耐一でした。

以前ご紹介した豊田喜一郎が「ジャストインタイム」という構想を打ち出しました。その構想を、実際に機能する仕組みとして完成させたのが大野です。(豊田喜一郎「できないという前に、まずやってみろ」の記事はこちら)

構想を描いた人と、それを現実にした人。この二人がそろって、初めてトヨタは世界一になりました。

そして大野が遺したのは、生産管理の手法だけではありません。「どう考えるか」という思想そのものでした。

「ここに立って、じっと見ていろ」

大野の指導法は、独特でした。

問題が起きたとき、彼は報告書を読みませんでした。会議室で議論もしません。

必ず現場に行き、自分の目で見る。

これが「現地現物(げんちげんぶつ)」という考え方です。

有名な逸話があります。

大野は、若手社員を工場の床に描いた円の中に立たせ、こう言いました。

ここに立って、じっと見ていろ。

そして数時間後に戻ってきて、こう聞きます。

「何が見えた?」

若手が「特に問題はありませんでした」と答えると、大野は言いました。

見えていない。もう一度見てこい。

これが「大野の円(オオノ・サークル)」と呼ばれる指導法です。

なぜ、こんなことをさせたのでしょうか。

人は「見ている」つもりで、実は見ていないからです。

先入観を持って眺めていると、問題は目に入りません。じっと見続けて初めて、動きの無駄、待ち時間、不自然な動作が見えてくる。

これは、机の上の計画ではなく、自分の足で街を歩いて確かめた人の話とも重なります。本質は、現場にしかない。(ジェイン・ジェイコブズ「通りの目」の記事はこちら)

「なぜ」を、五回繰り返す

大野が徹底したもう一つの方法が、「なぜなぜ分析」です。

問題が起きたとき、「なぜ」を五回繰り返す。

大野自身が著書で挙げた、有名な例があります。

機械が止まった。なぜか?

  • オーバーロードがかかって、ヒューズが切れたから
  • 軸受部の潤滑が不十分だったから
  • 潤滑ポンプが十分に汲み上げていなかったから
  • ポンプの軸が摩耗して、ガタガタになっていたから
  • ストレーナー(濾過器)がついておらず、切粉が入ったから
  • ここまで掘り下げて、ようやく「ストレーナーを取り付ける」という真の対策にたどり着きます。

    もし「なぜ」を一回で止めていたら、どうなっていたでしょう。

    「ヒューズを交換する」で終わりです。そして数か月後、また同じ故障が起きる。

    現象だけを見て対策を打つと、必ず同じ問題が繰り返される。

    冒頭の「同じミスがまた起きた」も、これかもしれません。表面の現象に対策しただけで、原因の奥まで届いていなかった――。

    正直に言えば、私にも覚えがあります。仕事で同じ手直しが何度も出るとき、たいていは原因の一段手前で止めています。「次から気をつけます」で終わらせた日は、必ずまた同じところでつまずく。

    問題を、あえて見えるようにする

    大野は、生産現場の「ムダ」を七つに分類しました。作りすぎ、手待ち、運搬、加工、在庫、動作、不良。

    その中で彼が最も重大視したのが、「作りすぎのムダ」でした。

    一見、たくさん作ることは良いことに思えます。

    けれど作りすぎると、在庫が増える。置き場所が必要になる。管理の手間も、運搬も発生する。そして売れなければ、すべて無駄になる。

    さらに恐ろしいのは――作りすぎが、他の問題を隠してしまうことです。

    在庫がたっぷりあれば、機械が故障しても、誰かが休んでも、その場は困りません。

    つまり、問題が表面化しない。改善のきっかけが失われてしまう。

    だから大野は、あえて在庫を減らしました。問題が起きたら、すぐにラインが止まるようにしたのです。

    問題を隠さず、あえて露出させる。

    これが、改善が回り続ける仕組みでした。

    知恵は、カネの代わりになる

    大野耐一は、厳しい指導者として知られました。

    けれどその根底には、人への深い信頼がありました。

    大野の言葉として語り継がれているものに、こんな一言があります。

    カネは知恵の代わりにはならないが、知恵はカネの代わりになる。

    設備投資でカバーするのではなく、現場の知恵で解決する。そのために必要なのは、現場の人が自分で考えることでした。

    そして大野は、作業者に「異常があればラインを止める権限」を与えました。

    これは当時、極めて異例です。ラインを止めることは、大きな損失を意味するからです。

    それでも彼は、現場の判断を信じました。問題があるのに動かし続けるほうが、はるかに大きな損失を生む、と。

    権限を与えられた作業者は、責任感を持って働くようになりました。そして、自ら改善提案を出すようになった。

    信じて任せることで、人は力を発揮する。

    「人は、信じてもらえると伸びる」と説いた経営者も、日本にいました。(松下幸之助の記事はこちら)

    今を生きる私たちへ

    大野の思想は、工場だけの話ではありません。あらゆる仕事に、そのまま使えます。

    報告ではなく、自分の目で見る。 伝聞や書類だけで判断すると、大事なことを見落とします。現場に立つ。実物を見る。それだけで、判断の質が変わります。

    「なぜ」を、もう一段だけ深く。 五回は難しくても、あと一回。それだけで、対策の質はまったく変わります。同じ問題が繰り返されるなら、原因まで届いていないサインです。

    余裕がありすぎると、問題は見えなくなる。 在庫も、時間も、人も。余りすぎていると、問題が隠れます。適度な緊張感が、改善のきっかけを生みます。

    任せて、権限を渡す。 「止めていい」と言われた人は、責任を持って考え始めます。信じて任せることが、人を育てる最短の道です。

    おわりに

    大野が確立したトヨタ生産方式は、今や製造業を超えて、医療、物流、ソフトウェア開発にまで応用されています。

    けれど大野自身は、形だけを真似ることを繰り返し戒めていました。大切なのは手順ではなく、その奥にある考え方だ、と。

    自分たちの現場を、自分たちの目で見て、自分たちで考える。その姿勢がなければ、どんな仕組みも動かない。

    彼が現場の人たちに言い続けたのは、たった一言だったといわれます。

    考えろ。

    彼が本当に作りたかったのは、効率的な工場ではありませんでした。

    考える人を育てることだったのです。

    自分の目で見て、自分の頭で考える。

    一見、遠回りに思えるこの姿勢が、実は最も確実に、問題の繰り返しを断ち切ってくれます。

    今日、何か問題が起きたら。

    報告を聞く前に、まず自分の目で見に行ってみませんか。

    そして「なぜ」を、もう一段だけ深く掘ってみる。

    その一手間が、同じ苦労を繰り返さない未来を作ります。

    (大野の「人ではなく仕組みを直す」を、他の4人との共通点から振り返るまとめ記事です。5人の賢者――「頑張れ」と言わなかった彼らが、代わりに変えたもの)

    (「現地現物」で奥を見るという姿勢は、四百年前の「観の目つよく、見の目よわく」と重なります。宮本武蔵「常の身」――六十戦無敗の男が、自分の勝ちを疑ったも、あわせてどうぞ。)

    (20年以上を現場で勤め上げてから思想を組み上げた人が、江戸にもいました。石田梅岩「先も立ち、我も立つ」――商いに、道を通した男も、あわせてどうぞ。)

    (「なぜ」を五回くり返す姿勢を、真珠の養殖で17年続けた人がいます。御木本幸吉「17年、海に沈め続けた」――3年で「向いていない」と決めていないか)

    この人物を、もっと知りたい方へ

    大野耐一の『トヨタ生産方式』は、経営書の古典として、世界中で読み継がれている一冊です。

    「なぜを五回」「現地現物」「七つのムダ」。すべてが、現場の苦闘から生まれた実践の記録です。製造業でなくても、仕事の進め方を見直したい人には、驚くほど具体的なヒントが見つかります。

    形だけ真似ても意味がない、大切なのは考え方だ――その言葉の意味を知った今なら、一行一行の重みが違って感じられるはずです。

    『トヨタ生産方式――脱規模の経営をめざして』(ダイヤモンド社・大野耐一)

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    人物プロフィール:大野耐一

  • 氏名:大野耐一(おおの たいいち)
  • 生没年:1912年(明治45年)― 1990年(平成2年)/中国・大連市生まれ(両親は愛知県出身)
  • 分野:技術者・経営者/トヨタ自動車工業 元副社長
  • 主な事績:トヨタ生産方式の確立者
  • 経歴・功績

  • 愛知県立刈谷中学校を経て、名古屋高等工業学校(現・名古屋工業大学)機械科を卒業。1932年に豊田紡織へ入社した。
  • 1943年、トヨタ自動車工業へ移る。1949年に機械工場長となり、ここから生産方式の改革が本格的に始まった。1959年以降は取締役、のちに副社長を務めた。
  • 豊田喜一郎が提唱した「ジャストインタイム」の構想を、現場で機能する具体的な仕組みへと作り上げた。
  • スーパーマーケットの陳列方式から着想を得たとされる「カンバン方式」を導入。必要なものを、必要なときに、必要なだけ供給する流れを実現した。
  • 「現地現物」「なぜを五回繰り返す(なぜなぜ分析)」「七つのムダ」「自働化(異常があれば機械や作業者がラインを止める)」など、現在も使われる数々の考え方を体系化した。
  • 作業者に「異常時にラインを止める権限」を与え、現場が自ら考え改善する文化を築いた。
  • 著書『トヨタ生産方式』は世界各国で翻訳され、製造業のみならず医療・物流・ソフトウェア開発など幅広い分野に影響を与えている。
  • ひとことで:報告書ではなく現場に立ち、「なぜ」を五回掘り下げることを徹底し、効率的な工場ではなく「自分で考える人」を育てようとした技術者。

    参考:ウィキペディア「大野耐一」

    (同じ時代に、自分が現場に立ち続けたもう一人の経営者がいます。土光敏夫「私はそれ以上に働く」――上にいくほど、重くする)

    働き盛りの会社員 × バスケコーチ × 地域活動家

    ~すべては、愛から~

    和を敬い × 人を育て × 道を歩む。

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