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頑張っているのに、なぜかうまくいかない。
力を入れれば入れるほど、空回りする。相手とぶつかり、物事はこじれ、気づけばへとへとになっている。
そんな経験は、ありませんか。
私たちはつい、「もっと頑張らなければ」「もっと力を入れなければ」と考えます。強く押せば、道は開けるはずだと。
けれど――力むことが、かえって物事をうまくいかなくさせているとしたら、どうでしょう。
今からおよそ2500年前、古代中国の思想家・老子(ろうし)は、この逆説を、たった一つのものにたとえて説きました。
「上善は水の如し(じょうぜんは みずのごとし)」
最高の善は、水のようだ――。
なぜ、老子は「水」を最高としたのか
老子は、こう言いました。
「上善は水の如し。水は善く万物を利して争わず、衆人の悪(にく)む所に処(お)る。故に道に幾(ちか)し」
最高の善は、水のようだ。水は、あらゆるものに恵みを与えながら、決して争わない。そして、誰もが嫌がる低い場所へと、進んで流れていく。だからこそ、水は「道(タオ・真理)」に近いのだ――。
ここに、老子の思想が凝縮されています。
水の特徴を、思い浮かべてみてください。
水は、柔らかい。けれど、その柔らかさの中に、計り知れない強さを秘めています。
硬い岩は、強い衝撃を受ければ、砕けます。けれど柔らかい水は、どんな衝撃も、すっと受け流す。そして時間をかけて、あの硬い岩さえも、少しずつ削り、形を変えていくのです。
柔らかいものが、硬いものに勝つ。 これが、老子の説く強さでした。
水に学ぶ、三つの生き方
老子が水から学んだ生き方を、三つに整理してみます。
一つ目は、「争わない」強さ。
水は、争いません。障害物があれば、無理に押しのけようとせず、避けて流れていく。それでいて、決して止まらない。最終的には、必ず海へとたどり着きます。
正面からぶつかることだけが、強さではない。時には受け流し、時には回り道をする。けれど、目指す方向は見失わない。その柔軟さこそが、本当の強さなのです。
二つ目は、「低きに流れる」謙虚さ。
水は、高い場所から低い場所へと流れます。誰もが上を目指す中で、水だけは、下へ下へと向かう。
けれど、低い場所に集まった水は、やがて大河となり、大海となる。謙虚に、低い姿勢でいることが、結果として、最も大きな力を生むのです。
三つ目は、「形にこだわらない」柔軟さ。
水は、決まった形を持ちません。丸い器に入れば丸くなり、四角い器に入れば四角くなる。
けれど、水であることの本質は、決して失わない。環境に応じてしなやかに形を変えながら、自分の芯は保つ。この生き方が、変化の激しい時代を生き抜く鍵になります。
「無為自然」――力まない、という強さ
老子の思想の中心に、「無為自然(むいしぜん)」という考え方があります。
「無為」とは、「何もしない」ことではありません。「不自然な作為をしない」「力まない」という意味です。
自然の流れに逆らわず、あるがままに、しなやかに生きる。
私たちは、いつも「頑張らなければ」「もっと成果を」と力んでいます。けれど、その力みが、かえって物事をうまくいかなくさせることがある。
スポーツを思い浮かべてください。力みすぎると、本来の力は出せません。肩の力が抜けてリラックスしているときこそ、最高のパフォーマンスが生まれます。
力を抜く。自然に任せる。流れに乗る。
その、しなやかさが、かえって大きな力を生むのです。
今を生きる私たちへ
老子の「水の教え」は、力んで疲れた私たちに、そっと効きます。
正面衝突を、避けてみる。 意見が対立したとき、真っ向から押し合うだけが方法ではありません。水のように、いったん受け流し、別の道から流れてみる。目的地さえ見失わなければ、回り道は負けではありません。
上ではなく、下に構えてみる。 我を張って上に立とうとすると、人はぶつかります。一歩下がって低く構えるほうが、かえって多くのものが、自分のところに集まってきます。
形を、変える柔軟さを持つ。 「こうでなければ」を手放す。状況に合わせてしなやかに形を変えても、大切な芯さえ保っていれば、あなたはあなたのままです。
時には、力を抜く。 これがいちばん難しく、いちばん大切かもしれません。張り詰めた弓は、いずれ折れます。緩めるからこそ、また引ける。頑張り続けることより、上手にゆるめられることのほうが、実は高度な技術です。
おわりに
老子は、こんな言葉も遺しています。
「足るを知る者は富む」
満足することを知っている人こそ、本当に豊かだ――。
「もっと、もっと」と求め続ける人は、どれだけ手に入れても、満たされません。けれど「今あるもので十分」と思える人は、いつだって豊かです。
水は、多くを求めません。ただ、あるがままに流れ、恵みを与え、低きに至る。それでいて、最も大きな海となる。
力まず、争わず、しなやかに。それでいて、本質は失わない。
この生き方は、老子の流れを汲む荘子「無用の用」や、一日一日を力まず丁寧に生きた良寛「一日一生」にも、静かに流れています。
たくさんの役割を抱え、毎日を全力で走っている人ほど、この「水のような強さ」が必要なのだと思います。
今日は、日曜日。
少しだけ力を抜いて、水のように、しなやかに過ごしてみてください。
その、しなやかさが、明日からの一週間を、軽やかに支えてくれるはずです。
(「蓄えて、しなやかに備える」を経営の世界で実践した人がいます。余裕は、必要になってからでは作れない――松下幸之助「ダム経営」の教えも、あわせてどうぞ。)
この思想を、もっと知りたい方へ
『老子』は、わずか五千字ほどの短い書物です。
短い言葉の中に、「力まない強さ」「争わない知恵」が、詩のように凝縮されています。2500年前の言葉とは思えないほど、力んで疲れた現代の心に、すっと沁み込んできます。
『老子・荘子 ビギナーズ・クラシックス 中国の古典』(角川ソフィア文庫・野村茂夫) 老子と、その思想を受け継いだ荘子をあわせて読める入門書。原文・書き下し文・現代語訳・解説のセットで、「老荘思想」の世界への最初の一冊に最適です。
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『老子』(岩波文庫・蜂屋邦夫訳注) 全81章を、原文・書き下し文・現代語訳でじっくり味わえる定番の一冊。手元に置いて、疲れた夜に一章ずつ開きたい方に。
人物プロフィール:老子
人物・思想
ひとことで:「柔らかいものが、硬いものに勝つ」――力まず、争わず、水のようにしなやかに生きる強さを説いた、道家の祖。頑張りすぎる私たちの肩の力を、2500年越しに抜いてくれる存在。
