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私たちは、いつも「次」のことを考えています。
明日の予定、来週の締め切り、この先の不安。頭の中は、まだ来ていない未来のことでいっぱいで、気づけば「今日という一日」を、ろくに味わえないまま終えている。
夜、布団に入ってふと思う。「今日は、何をしていたんだっけ」と。
そんな感覚に、覚えはありませんか。
今からおよそ200年前、この生き方とは正反対の日々を送り、200年経った今も多くの人の心を打ち続けている人がいます。江戸時代の禅僧、良寛(りょうかん)です。
大きな寺も、名声も、求めなかった僧
良寛は、立派な寺を持ちませんでした。高い地位も、名声も求めず、山あいの小さな庵(いおり)で、質素に暮らした僧です。
托鉢(たくはつ)で食べ物を分けてもらい、あとは静かに暮らす。財産と呼べるものは、ほとんど何も持っていませんでした。
その代わりに、彼がしていたこと。それは――子どもたちと、日が暮れるまで手まりをついて遊ぶこと。道端に咲く花を、しゃがんで眺めること。夜空に浮かぶ月を、ただ静かに見上げること。
特別なことは、何一つありません。
けれど彼は、その一つひとつを、この上なく丁寧に、心を込めて味わいました。
「一日一生」――今日を、一生のように
良寛の生き方を表す言葉に、「一日一生(いちにちいっしょう)」があります。
一日を、一つの一生のように、大切に生き切る。
今日という日は、二度と戻ってきません。だからこそ、明日に持ち越さず、今日という一日を、それだけで完結した一つの人生のように、丁寧に生きる。
子どもと遊ぶなら、心の底から遊ぶ。花を見るなら、その花だけを見る。月を眺めるなら、その月に、すべてを預ける。
「次」を考えて上の空になるのではなく、目の前の「今」に、心を全部置いてくる。それが、良寛の生き方でした。
避けられないものは、受け入れる
良寛には、有名な手紙の一節があります。
大きな地震が起きたあと、被災した知人を見舞う手紙に、彼はこう書きました。
災難に遭う時節には災難に遭うがよく候(そうろう)、死ぬ時節には死ぬがよく候。これはこれ災難をのがるる妙法にて候
災難に遭うときは、災難に遭うのがよい。死ぬときは、死ぬのがよい。それこそが、災難から逃れる最高の方法なのだ――。
一見、突き放したように聞こえるかもしれません。けれどこれは、深い「受容」の思想です。
避けられない現実を前に、じたばたと抵抗して苦しむのではなく、あるがままを、静かに受け止める。その覚悟が、かえって心に平安をもたらす。抵抗が苦しみを生み、受容が強さを生む――良寛は、それを知っていました。
(この「受け入れる」という知恵は、「変えられないこと」に、悩みすぎていませんか――ニーバーの祈りに学ぶ、心の平穏でも、別の角度から書いています。あわせてどうぞ。)
今を生きる私たちへ
良寛の「一日一生」は、忙しい現代を生きる私たちにこそ、効く知恵です。
たとえば、こんなふうに。
食事の時間まで、スマホを見ながら上の空。 そんなときは、画面を置いて、目の前の一皿を、味わうことだけに心を向けてみる。同じ食事が、まるで違う時間になります。
人と話しているのに、次の予定が頭をよぎる。 良寛が子どもと全力で遊んだように、今この人との会話に、心を全部置いてみる。相手にも、その誠実さは必ず伝わります。
やってもいない先の失敗を、先回りして不安になる。 起きていないことに心を奪われるより、今日できる小さな一つに集中する。避けられないことは、そのときに受け止めればいい。
コツは、たった一つ。一日の終わりに、静かにこう問うことです。
「今日という一日を、丁寧に生きられただろうか」
この問いを持つだけで、忙しさに流されていた日々が、少しずつ「味わう日々」へと変わっていきます。良寛が夜、静かに月を見上げたように、一日の終わりに、ほんの数分、心をリセットする時間を持つ。その小さな静けさが、次の一日の質を整えてくれます。
おわりに
良寛は、この世を去る間際、こんな句を詠んだと伝えられています。
散る桜 残る桜も 散る桜
散っていく桜も、今まさに咲き誇る桜も、いずれはすべて散っていく。この世のすべては、移ろいゆく――。
一見、寂しい無常の句に思えます。けれどここには、正反対のメッセージが込められています。
いずれ散るからこそ、今日という一日は、かけがえがない。
だから、丁寧に生きる。心を込めて、味わって生きる。
明日も、その次の日も、同じ一日は二度と来ません。
忙しさに流されるのではなく、今日という日を、そっと味わいながら。その静かな積み重ねが、気づけば、豊かな人生を形づくっていくのだと思います。
まずは今日、目の前の一つに、心を込めることから。
(子どもと手まりをつく良寛の時間は、生産性で測れば「無駄」かもしれません。その"無駄"の価値を説いた思想家の話を予定が空いていると、不安になりませんか――荘子「無用の用」が教える、余白の力に書きました。)
今日一日を丁寧に生きる場所は、選べないこともあります。渡辺和子「置かれた場所で咲きなさい」は、望まない場所に置かれたときの生き方を教えてくれます。
(良寛の力まない生き方は、古代中国の老子の教えとも響き合います。頑張っているのに、空回りする――老子「上善は水の如し」が教える、力を抜く強さで、力を抜くことの中にある強さを書きました。)
この禅僧を、もっと知りたい方へ
良寛の詩歌や逸話、生き方の哲学は、今も多くの本にまとめられています。
彼の残した漢詩や和歌、そして数々のエピソードに触れると、「一日一生」の心が、驚くほど身近な言葉で伝わってきます。何も持たなかった一人の僧が、なぜ200年も愛され続けるのか――その理由を知った今なら、一つひとつの言葉が、静かに胸にしみ込んでくるはずです。
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