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望んでいなかった場所に、置かれることがあります。
希望していない部署への異動。思いがけず回ってきた役割。理想とはほど遠い環境。
そんなとき、心の中でつぶやいてしまいます。
「ここは、自分の居場所じゃない」 「もっと、自分にふさわしい場所があるはずだ」
その気持ちは、決して間違いではありません。人は誰でも、自分が生きられる場所を求めます。
けれど――その場所に立ったまま、静かに、けれど力強く語りかけてくれる言葉があります。
「置かれた場所で咲きなさい」
この言葉を遺したのは、渡辺和子(わたなべ かずこ)さん。ノートルダム清心女子大学の学長を長く務めた、シスターであり教育者です。
同じ題名の著書は200万部を超え、多くの人の心を救いました。
でも、この言葉は「我慢しなさい」という意味ではありません。その背後には、壮絶な人生と、深い思索があります。
9歳の少女が、目の前で見たもの
渡辺和子さんの人生を語るとき、避けて通れない出来事があります。
1936年2月26日――二・二六事件。
陸軍の青年将校らが起こしたこのクーデター事件で、彼女の父・渡辺錠太郎(陸軍教育総監)は、自宅で襲撃を受け、命を落としました。
当時9歳だった和子さんは、父のすぐそばで、その一部始終を目にしています。
幼い少女にとって、それがどれほどの衝撃だったか。想像することしかできません。
けれどこの経験は、彼女の中に、生涯消えない問いを刻みました。
「人は、なぜ生きるのか」 「苦しみには、どんな意味があるのか」
彼女は後にシスターとなり、教育者としての道を歩みます。そして、多くの若者に「生きる意味」を語り続けました。
彼女の言葉が、これほど多くの人の胸を打つのは――この壮絶な体験を経てもなお、「人生には意味がある」と語り続けた人だからです。
36歳、孤立無援の学長
渡辺和子さんは、36歳という若さで、大学の学長に就任しました。
一見、輝かしい経歴に見えます。けれど、現実はまったく違いました。
若すぎる学長。周囲は、年上の教職員ばかり。誰も自分を認めてくれない。相談できる相手もいない。孤立無援の日々でした。
彼女は、この場所を去りたいと真剣に考えるほど、追い詰められていきます。
そんなある日のこと。一人の宣教師が、彼女に一編の英語の詩を手渡しました。
「Bloom where God has planted you」 ――神が植えたところで咲きなさい。
この一行が、彼女の人生を変えました。
「そうだ、私はここに植えられたのだ」
咲けない環境を嘆くのではなく、その場所で咲く努力をする。環境を変えられないなら、自分が変わる。
この気づきが、彼女を再び前へと歩ませたのです。
「咲く」とは、我慢することではない
ここが、いちばん大切なところです。
「置かれた場所で咲きなさい」は、「不満を飲み込んで、我慢しなさい」という意味ではありません。
渡辺さん自身が、はっきりとこう説明しています。
咲くということは、仕方がないとあきらめることではない。それは、周囲の人々に笑顔で接し、その人々の幸せのために生きることなのだ、と。
つまり「咲く」とは、受け身の忍耐ではないのです。
その場所で、自分にできることを見つけ、周りの人のために動く。それが「咲く」ということ。
そして彼女は、こんなにもやさしいことも教えてくれています。
時には、咲けない日もある。雨の日、風の日、寒い日には、根を下へ下へと降ろしていけばいい。
いつも咲いていなくていい。咲けないときは、根を深く張る時期だと考える。
見た目には何も起きていないようでも、地下では根が伸びています。その根が、次に咲くための力を、静かに蓄えている。
苦しい時期は、無駄ではない。根を張る時期なのです。
「不機嫌は、最大の罪」
渡辺さんが著書で紹介し、大切にしていた言葉があります。
ゲーテの「人間の最大の罪は、不機嫌である」。
彼女は学生たちにも、機嫌よくあることの大切さを繰り返し伝えたといいます。
なぜ、不機嫌が「罪」なのでしょうか。
不機嫌は、周りの人の心を暗くします。空気を重くする。何も言わなくても、そこにいる人を傷つけてしまう。
逆に言えば――機嫌よくいることは、周りの人への、最大の贈り物になる。
自分の機嫌を整えることは、自分のためだけではありません。それは周りへの配慮であり、責任でもあるのです。
特に、人の上に立つ人にとっては重い言葉です。上に立つ人が不機嫌なら、その場の全員が動きにくくなる。機嫌よくあることは、周りを大切にすることと、同じなのです。
今を生きる私たちへ
渡辺さんの言葉は、今いる場所に迷うすべての人に効きます。
環境を嘆く前に、「ここで自分にできること」を探す。 環境はすぐには変えられません。でも、自分の行動は今日から変えられる。その一歩が、場所の意味を変えていきます。
咲けない日は、根を張る日と考える。 何も成果が出ない時期は、誰にでもあります。それは停滞ではなく、地下で根を伸ばしている時間。そう思えるだけで、苦しい時期の見え方が変わります。
自分の機嫌を、自分で整える。 機嫌は、周りへの影響力を持っています。整えることは、わがままの逆——周りへの思いやりです。
「与えたもの」で自分を測る。 何を手に入れたかではなく、何を与えたか。その物差しに変えると、今いる場所にも、必ず意味が見つかります。
変えられないもの(環境)と、変えられるもの(自分の行動)を見分ける――ニーバーの祈りが教えてくれる知恵とも、同じ道筋にある考え方です。
おわりに
渡辺和子さんは、89歳で亡くなるまで、多くの人に希望を与え続けました。
9歳で父を失い、36歳で孤立の中に立ち、それでも「人生には意味がある」と語り続けた人。
彼女は、こんな言葉も遺しています。
「人間の値打ちは、その人が集めたものではなく、その人が与えたもので測られる」
地位、財産、名誉。それらを集めることに人生を費やす人は、たくさんいます。けれど本当の値打ちは、周りに何を与えたかで決まる――。
あなたが今いる場所で、誰かに与えているもの。それは目には見えないかもしれません。けれど確実に、誰かの毎日を支えています。
今いる場所で、自分にできることを尽くす。周りの人のために、機嫌よく在る。
そして、咲けない日には、静かに根を張る。
その積み重ねが、いつか、あなたにしか咲かせられない花になるのだと思います。
一日一日を丁寧に生きる――良寛の「一日一生」とも、静かに響き合う生き方です。
根を張る時期を越えたら、次は一歩踏み出す番かもしれません。本田宗一郎「成功とは、99%の失敗に支えられた1%」は、倒れるたびに起き上がった経営者の、挑戦の話です。
(渡辺和子さんの「咲く」を、他の4組の賢者との"共通点"から振り返るまとめ記事「分かっているのに、動けない」を終わらせるも公開しています)
(「置かれた場所で咲く」の一歩先に、「その場所を照らす」という教えがあります。「自分は大したことをしていない」と思う日に――最澄「一隅を照らす」)
この人を、もっと知りたい方へ
渡辺和子さんの『置かれた場所で咲きなさい』は、200万部を超えて読み継がれている一冊です。
短いエッセイが積み重なった、静かな本です。読むところによって、そのときの自分に必要な言葉が見つかる——そんな読み方のできる本でもあります。
彼女がどんな人生を歩んでこの言葉にたどり着いたかを知った今なら、その一編一編が、より深く胸にしみ込むはずです。
『置かれた場所で咲きなさい』(幻冬舎文庫・渡辺和子) 200万部を超えるロングセラー。短いエッセイ集なので、忙しい毎日でも少しずつ読めます。手に取りやすい文庫版です。
人物プロフィール:渡辺和子
氏名:渡辺和子(わたなべ かずこ) 生没年:1927年(昭和2年)― 2016年(平成28年)/北海道旭川市生まれ 分野:修道女(ノートルダム修道女会)・教育者・作家 主な役職:ノートルダム清心女子大学 学長・理事長、ノートルダム清心学園 理事長
経歴・功績
ひとことで:9歳で父を失い、36歳で孤立の中に立たされながら、「今いる場所で咲く」ことの意味を語り続けた教育者。その言葉は、居場所に迷う多くの人を静かに支えている。
