和育道〜wa-iku〜

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賢者名鑑 / アメリカ

ラインホルド・ニーバー

Reinhold Niebuhr

1892年6月21日 — 1971年6月1日|アメリカ合衆国 ミズーリ州

ニーバーの祈り ── 変えられるものと、変えられないもの

ラインホルド・ニーバーの記事の挿絵
流れに動かぬ岩と、流れに沿ってしなう柳。変えられないものと、変えられるもの(挿絵:和育道)

どんな人か

20世紀アメリカを代表する神学者・思想家です。人間や社会を美しく描かず、現実的にとらえる「キリスト教現実主義」の代表的な論者として知られます。

けれど彼の名を世界中に広めたのは、分厚い学術書ではありませんでした。たった三行の短い祈り——「ニーバーの祈り」です。

基本データ

生まれ
1892年6月21日出典3
没
1971年6月1日出典3
生まれた地
アメリカ合衆国 ミズーリ州出典3
分野
神学者・倫理学者・思想家出典3
立場
「キリスト教現実主義」の代表的論者出典3人間や社会を理想化せず、現実的にとらえる立場
教職
ニューヨークのユニオン神学校で長年にわたり教鞭をとった出典3
代表的な著作
『道徳的人間と非道徳的社会』(1932年)出典3社会倫理や政治思想の分野に大きな影響を与えた
ニーバーの祈り
1930〜40年代に記されたとされる出典3「平静の祈り(Serenity Prayer)」とも。のちに依存症からの回復を目指す集まりで唱えられるなど、宗教や国境を超えて世界中に広まった
受章
1964年、アメリカ大統領自由勲章出典3

三行の祈りが、世界に広がった理由

その祈りは、こう始まります。「変えられないものを受け入れる落ち着きを、変えられるものを変える勇気を、その二つを見分ける知恵を」。

ここには、都合のいい励ましがありません。「頑張れば何でも変えられる」とも「すべては運命だ」とも言っていない。世の中には変えられないことが確かにあると認めたうえで、それでも変えられる部分に力を注げ、と説いています。

そして彼が求めたのは、考え方ではなく行動でした。受け入れるという行動、変えるという行動。その二つを実際に踏み出す「勇気」こそが、心の平穏を生むのだと。

だからこの祈りは、宗教や国境を超えて広がりました。1930〜40年代に記されたとされ、のちに依存症からの回復をめざす集まりで唱えられるようになり、いまでは世界中の人が、自分の言葉として口にしています。

人間や社会の「どうにもならなさ」を誰よりも冷静に見つめた人が、それでも前を向くための言葉を遺した。三行が生き延びたのは、そこに甘さがなかったからかもしれません。

この人の言葉

変えられないものを受け入れる落ち着きを、変えられるものを変える勇気を、その二つを見分ける知恵を出典3「ニーバーの祈り」として世界中に広まった一節

ゆかりの地

1892

アメリカ・ミズーリ州出典3

生誕の地。

—

ユニオン神学校(アメリカ・ニューヨーク)出典3

長年にわたり教壇に立った場所。ここから、社会と人間を現実的に見つめる思想が発信された。

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出典

  1. ウィキペディア「ラインホルド・ニーバー」
  2. 和育道「ニーバーの祈り――「変えられないこと」に、悩みすぎていませんか」(記事本文の表記に準拠)

数字や表記は、記事本体に合わせています。出どころで食い違うものは、両方を併記しました。