賢者名鑑 / ギリシャ
ソクラテス
Socrates
紀元前470年ごろ — 紀元前399年|古代ギリシャ・アテネ
無知の知 ── 問いこそが人を動かす

どんな人か
古代ギリシャを代表する哲学者で、「西洋哲学の父」とも呼ばれます。自らは一冊の著作も残さず、その思想は弟子のプラトンやクセノフォンらの記録を通じて後世に伝わりました。
彼がしたことは、実にシンプルでした。ただひたすら、人に問い続けたのです。
基本データ
- 生まれ
- 紀元前470年ごろ出典3
- 没
- 紀元前399年出典3「国家の神々を敬わず、若者を堕落させた」として告発され、死刑を宣告される。逃亡の機会がありながら信念を曲げず、毒杯をあおいで生涯を終えた
- 生まれた地
- 古代ギリシャ・アテネ出典3
- 分野
- 哲学者。「西洋哲学の父」とも呼ばれる出典3
- 著作
- 自らは一冊も残さなかった出典3その思想は弟子のプラトンやクセノフォンらの記録を通じて後世に伝わった。彼にとって真理とは、書かれた文字の中ではなく、人と人とが問いかけ合う「対話」の中にこそ生きた形で立ち現れるものだった
- 無知の知
- 自分が知らないことを自覚することこそ、真の知の出発点である出典3
- 問答法・産婆術
- 相手に問いを重ねて、自ら答えに気づかせる手法出典3産婆が赤ん坊の誕生を助けるように、相手の中に眠る答えが「生まれてくる」のをそっと助けた
- 弟子
- プラトン。その系譜からアリストテレスが出て、西洋思想の源流となった出典3
「私は、何も知らない」と言い続けた男
ある日、神託が「ソクラテスより賢い者はいない」と告げます。彼は戸惑いました。「自分は、たいして物を知らないのに」と。
そこで彼は、賢者と評判の政治家や詩人、職人たちを訪ね、問答を重ねていきます。すると驚くべきことに気づきました。彼らは「自分は知っている」と思い込んでいるが、実はよく分かっていない。一方の自分は、少なくとも「自分は知らない」ということだけは知っている。
この一点で、自分のほうがわずかに賢いのかもしれない——これが「無知の知」と呼ばれる、彼の哲学の出発点でした。
そして彼は、相手を言い負かすためではなく、一緒に真実を探すために問い続けました。答えを教えず、問い返す。相手の中に眠る答えが生まれてくるのを助ける——「産婆術」と呼ばれる手法です。
けれどこの生き方は、敵も作りました。「知っているつもり」だった有力者たちの化けの皮を、次々とはがしてしまったからです。やがて裁判にかけられ、死刑を宣告されます。逃げるチャンスもありました。けれど彼は逃げず、信じる生き方を最後まで貫き、静かに毒杯をあおいでこの世を去りました。
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出典
数字や表記は、記事本体に合わせています。出どころで食い違うものは、両方を併記しました。
