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失敗を、いつまでも引きずってしまう。
会議での言い間違い。うまくいかなかった仕事。相手を怒らせてしまった一言。
もう終わったことだと分かっているのに、頭の中で何度も再生されて、次のことに集中できない。
そんな経験は、誰にでもあると思います。
けれど――テニス史上屈指の王者が、こんな数字を明かしました。
生涯で戦った試合は1526。そのうち勝ったのは、ほぼ80%。素晴らしい記録です。
ところが、獲得したポイントの割合は、わずか54%だったというのです。
つまり、あれほどの王者でさえ、打ったボールの半分近くはポイントにならなかった。
ロジャー・フェデラー。2024年6月、アメリカのダートマス大学の卒業式で彼が語ったこの数字には、私たちに必要な答えが詰まっています。
ラケットを投げつけていた少年
意外なことに、若い頃のフェデラーは、まったく冷静な選手ではありませんでした。
10代の頃の彼は、感情を抑えられない「かんしゃく持ち」として知られていました。
ミスをすればラケットを投げつけ、叫び、コート上で悪態をつく。コーチや両親から何度も注意されたと伝えられます。
けれど、転機が訪れます。
2002年8月、フェデラーが20歳のとき。
幼い頃からの恩師であり、父親のような存在だったピーター・カーターが、交通事故で急逝したのです。
深い喪失の中で、フェデラーは気づきます。
彼は、僕がもっと成熟した人間になることを望んでいた。このままでは、彼の努力を無駄にしてしまう。
そこから、彼は変わり始めました。
感情を制御し、冷静さを保つ訓練を重ねる。そして数年後には、コート上で最も落ち着いた選手として知られるようになります。
品格は、生まれつきのものではありません。作られるものなのです。
54%と46%――「たかが、1ポイント」
冒頭の数字に戻ります。
トップ選手でさえ、獲得できるポイントは半分強。46%は、失っている。
54%と46%。ほとんど差はありません。
けれど、その僅差が、80%の勝率という結果を生んでいる。
そして――その僅差を生むのは、技術の差ではありませんでした。
フェデラーは、卒業式でこう語っています。
二回に一回はポイントを失う。それが続くと、一球一球にこだわらないことを覚えるんです。
そして、こう続けました。
終わったことは、終わったこと。この考え方が決定的に重要なんです。次の一点に、全力を注げるようになるから。
引きずらないのは、悔しくないからではありません。次の一点に全部を注ぐための、技術なのです。
同じことを、千年前の中国の禅僧も言っていました。雲門文偃は弟子たちに、今日という日を良いとも悪いとも採点するな、と説いています。
終わった一日を、裁かない。終わった一点を、引きずらない。時代も国も競技も違うのに、行き着く場所は同じでした。(雲門文偃「日々是好日」の記事はこちら)
ライバルが、引退の隣で泣いた
フェデラーを語る上で欠かせないのが、ナダルやジョコビッチとの関係です。
彼らは、テニス史上最も熾烈なライバル関係を築きました。
特にナダルとの対戦は40回に及び、フェデラーは負け越しています。
普通なら、悔しさや嫉妬が生まれてもおかしくありません。
けれどフェデラーは、常にナダルを称え続けました。
ラファがいたから、僕はもっと強くなれた。彼は僕を、より良い選手にしてくれた。
そして2022年、ロンドンで行われたレーバーカップ。これがフェデラーの現役最後の試合となりました。
彼が最後のダブルスのパートナーに選んだのは――ナダルでした。
最大のライバルと、最後のコートに立つ。
試合後、二人は手を握り合い、共に涙を流しました。敵であるはずの相手が、人目もはばからず泣いた。この光景は、スポーツ史に残る名場面となっています。
ライバルとは、倒すべき敵ではない。共に高め合う存在である。
これは、柔道を創始した嘉納治五郎が説いた「自他共栄」と、まったく同じ思想です。国も競技も時代も違うのに、真理は同じ場所を指しています。(嘉納治五郎「術」から「道」への革命の記事はこちら)
「楽々」は、幻想だった
フェデラーのプレーは、しばしば「優雅」と評されました。
まるで努力していないかのように、滑らかに、美しく動く。
けれど彼は、あのスピーチで、その見え方をきっぱり否定しています。
「楽々とやっている」というのは、幻想です。簡単そうに見せるために、私はとてつもなく努力しなければなりませんでした。
そして、才能という言葉を、こう定義し直しました。
規律も、忍耐も、自分を信じることも、自分を律することも――それらもまた、才能です。生まれつき持っている人もいる。けれど、誰もが磨かなければならない。
彼は、誰よりも練習しました。けれど、それを見せなかった。
努力しているように見えないのは、努力していないからではない。努力を、当たり前のレベルまで積み上げたからなのです。
苦しそうに見えない人ほど、実は苦しい練習を積んでいる。
余裕を持ってこなしているように見える人は、才能があるのではなく、積み上げた量がそう見せているのです。
「勝て」とは一度も言わず、靴下の履き方から教えた名将がいました。基本を、考えなくてもできるようになるまで繰り返させた人です。(ジョン・ウッデンの記事はこちら)
今を生きる私たちへ
フェデラーの生き方は、テニスの世界だけのものではありません。
失敗を、引きずらない。 一流でさえ46%は失っています。失敗は当たり前。差がつくのは、失敗の数ではなく、切り替える速さです。終わったポイントは、もう過去のものです。
品格は、後から鍛えられる。 ラケットを投げていた少年が、最も落ち着いた選手になりました。感情のコントロールは、生まれつきの性格ではなく、訓練で身につく能力です。
競う相手を、敬う。 その人がいるから、自分は成長できる。敵ではなく、共に高め合う存在として見たとき、関係も自分も変わります。
努力を、当たり前にする。 「余裕でやっているように見える人」を羨むより、その裏側を想像する。そして自分も、努力が当たり前になるまで積み上げる。
おわりに
フェデラーが引退を発表したとき、世界中から惜しむ声が上がりました。
興味深いのは、その多くが「強かった」ではなく、「彼のような人がいてくれてよかった」という声だったことです。
記録は、いずれ誰かに破られます。
けれど、その人がどう振る舞ったかは、人々の記憶に残り続ける。
フェデラーは、あのスピーチを、こんな言葉で締めくくりました。
テニスは、私に世界を見せてくれた。でも、テニスが世界そのものになることは、決してなかった。
仕事も、競技も、人生の一部でしかありません。
だからこそ、その中でどう振る舞うかが、人としての価値を作っていきます。
正直に言えば、私は、負けた試合のあとに子どもたちへかける言葉を、いまだに探しています。「よく頑張った」では軽い気がして、かといって反省の話ばかりでも違う。
たぶん、渡すべきなのは言葉ではなく、次の一本に向かう姿なのだと思います。終わった一点を、大人がいつまでも引きずらないこと。それが、いちばん伝わる。
いつか、その舞台から降りる日が来ます。
そのとき残るのは、成績や記録ではないのかもしれません。
負けたとき、どう振る舞ったか。相手に、どう敬意を示したか。仲間と、どう向き合ったか。
勝つことより、どう勝ち、どう負けるか。
その姿勢こそが、その人自身を作っていくのだと思います。
(フェデラーの「切り替える技術」を、他の4人との共通点から振り返るまとめ記事です。5人の賢者――「頑張れ」と言わなかった彼らが、代わりに変えたもの)
(「勝ったポイントは54%」と同じ構造を、打率3割の世界で語った人がいます。4000本の裏に8000回――イチロー「8000回の悔しさ」――4000本の裏側を、彼は誇りに置いたも、あわせてどうぞ。)
この考え方を、もっと知りたい方へ
フェデラー自身の評伝は、日本語版が現在は新刊で手に入りません(『ロジャー・フェデラー伝』実業之日本社・品切れ)。古書店にはありますが、状態も価格もまちまちなので、ここでご案内するのは控えます。
代わりにご紹介したいのが、フェデラーが語った「才能」の定義を、まるごと一冊かけて確かめた本です。
著者は、「やり抜く力(グリット)」の研究で知られる心理学者。成功を決めるのは生まれつきの才能ではなく、情熱と粘り強さである――という主張を、軍の訓練校からスポーツ、教育の現場まで追いかけて検証しています。
「規律も、忍耐も、それもまた才能だ」というあの言葉を読んだ今なら、この一冊はまるで答え合わせのように読めるはずです。
『やり抜く力 GRIT(グリット)――人生のあらゆる成功を決める「究極の能力」を身につける』(ダイヤモンド社・アンジェラ・ダックワース/神崎朗子 訳)
人物プロフィール:ロジャー・フェデラー
経歴・功績
ひとことで:ラケットを投げていた少年が、自己制御を鍛え、勝敗を超えて敬われる存在になった王者。ライバルを称え続け、引退の日にはその相手と共に涙を流した。
