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誰かの話を聞く時間は、目には見えない贈り物です。日野原重明が子どもたちに伝えた「いのち」の言葉から、世代をつなぐ関わりを考えます。
言葉を待ってくれる人がいる
地域の集まりで、話の途中に先を急がず、最後まで聞いてくれる人がいる。その人が差し出しているのは、うまい助言だけではないのでしょう。自分の時間を、しばらく相手のために空けているのです。
敬老の日から彼岸へ続く週の終わりに、受け継いだものを振り返ると、品物より先に、誰かと過ごした時間を思い出すことがあります。教えてもらった時間、待ってもらった時間。そこには、数字にしにくい支えが残っています。
いのちを、子どもにも届く言葉にする
日野原重明は、長年の医療の仕事とともに、子どもたちに「いのちの授業」を届けました。授業を迎えた校長の回想には、子どもに語りかけ、一緒にピアノを弾いた姿が記されています。やまぐち総合教育支援センター・いのちの授業
そこで紹介されている言葉の冒頭が、次の一文です。
「いのちとは、その人が使うことのできる時間です。」
――「いのちの授業」を振り返る校長の記録より。やまぐち総合教育支援センター・いのちの授業
原記録ではこのあと、自分のためだけでなく人のためにも時間を使うことへ、話が続いています。難しい説明を重ねず、子どもが自分の今日と結び付けて考えられる言葉です。
差し出せる時間は、人によって違う
この言葉を、忙しく働き続けなければ価値がないという意味には受け取りたくありません。休む時間も、助けてもらう時間も、生きる時間の一部です。誰かのために何かをする余裕がない日もあるでしょう。
だから、地域の支え合いを考えるときも、大きな奉仕だけを数えなくてよいのだと思います。話を5分聞く。初めて来た人に声をかける。引き受けられないことは早めに伝える。小さくても無理のない関わりには、続けられる強さがあります。
時計を見て、予定を書いた手帳を開く。いつもの道具を前にしたとき、終える用事だけでなく、誰と過ごしたいかも予定に入れてみる。日野原の言葉は、時間を細かく管理するためというより、時間の行き先を自分で考えるために置いておきたい言葉です。
年長者を敬うことも、何かを一方的にしてあげることだけではありません。その人が話したいこと、役に立ちたいこと、休みたいときにも耳を傾ける。対等なやり取りの中で、世代の間に道ができます。
今を生きる私たちへ
1つめ。聞く時間を少し確保する
何かをしながらではなく、短くても相手に向き合う時間をつくる。途中で自分の経験に話を戻さず、相手の言葉を待ってみます。
たとえば、相談を持ちかけられたら、スマホを裏返して机に置く。画面を伏せるという小さな動作が、「今はあなたの話を聞きます」という合図になります。
2つめ。できる範囲を先に伝える
手伝うときは、引き受けられる時間や役割を具体的にする。無理を隠した約束より、続けられる約束が関係を支えます。
たとえば、手伝いを頼まれたとき、「やれるだけやります」ではなく「土曜の午前なら出られます」と答える。はっきり伝えるほど、相手も残りの手配をしやすくなります。
3つめ。教わる役にも回る
年齢だけで助ける側と助けられる側を決めない。相手が知っていることを尋ね、受け取ったものを言葉にして返します。
たとえば、若い人に「その操作、どうやるの」と素直に聞いてみる。教える側に回った人は、自分もこの場の一員だという実感を持てます。
4つめ。自分を休ませる予定も守る
人のための時間と、自分を整える時間を両方残す。支え合いの中には、今日は助けてもらうと伝えることも含まれます。
たとえば、人のために空けた日曜のとなりに、何の予定も入れない半日を残しておく。自分が倒れないことも、支え合いのうちに入ります。
おわりに
私たちの毎日にも、聞いてほしい話を抱えた人がいます。仕事帰りに寄った実家で、親が同じ思い出話をくり返す。練習のあと、うまくいかなかった子が、なかなか口を開かない。どちらも、答えを返すより先に、最後まで聞くことが求められている場面です。聞いてもらえた人は、自分がここにいていいと感じられます。時間を差し出すことは、相手の居場所をつくることでもあるのです。
誰かが自分のために使ってくれた時間は、目には見えなくても残ります。今週思い出した感謝を、次の誰かと過ごす小さな時間へつないでみる。大きなことができなくても、その関わりが地域の温かさを少しずつつくっていくのだと思います。
次回は、5人の歩みを振り返り、誰かから受け取ったものを日々へ返す方法を考えます。
あわせてどうぞ:昨日の一休宗純「雨ふらば降れ 風ふかば吹け」――思いどおりにならない日にも、居場所はある。自分の時間を、まわりの人のために使い直した人の話は宮沢賢治「教師をやめて、田んぼに降りた」――見届けられなくても、やるのか。

この人物を、もっと知りたい方へ
『明日をつくる十歳のきみへ 一〇三歳のわたしから』(冨山房インターナショナル・日野原重明) 「いのちの授業」でくり返し子どもに語ったことを、本人が103歳で書いた一冊。記事で引いた「いのちとは、その人が使うことのできる時間です」の考え方が、そのまま流れています。
『十歳のきみへ 九十五歳のわたしから』(冨山房インターナショナル・日野原重明) 上の本の、九年前に書かれた一冊目。十歳の子に向けた手紙の形で、いのちと時間の話をしています。
『生きかた上手 新訂版』(いきいき出版局・日野原重明) 老いること、休むこと、人と過ごすこと。大人に向けて書かれた、日野原さんの代表作のひとつです。
人物プロフィール
日野原重明(1911–2017)
医師・教育者。長年医療に携わり、子どもへの「いのちの授業」や高齢者の社会参加を通して、生きることを問い続けた。ひとことで:いのちを、日々の時間へ結び直した人。
日野原が育った場所
日野原が少年時代を過ごし、教会の仲間と音楽に親しんだ街。











