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本日ご紹介するのは、日本人なら誰もが名前を知っている、あの人です。
ただ、今日の話は打った数の話ではありません。
この人が「誇りに思う」と言ったのは、記録のほうではなかったのです。
さて、何を誇りに思ったのでしょうか。
やってもやっても、うまくならない。
練習は続けている。仕事も手を抜いていない。それでも、成果が返ってくるより先に、失敗の数のほうが積み上がっていく。
子どもがそういう時期に入ると、見ているこちらのほうが苦しくなります。
「向いてないのかな」と本人が言い出したとき、大人は何と返せばいいのか。
その答えを、数字で示してくれた人がいます。
「1位指名の大器」ではなかった
イチロー。1973年、愛知県豊山町生まれ。日米通算4367安打は、ギネス世界記録に認定されています。
3歳から父・宣之さんとの練習が始まり、小学生のころには年間360日、バッティングセンターに通っていたと伝えられます。
愛工大名電高から、1991年にオリックスへ入団。ここが意外なところなのですが、彼は「1位指名の大器」ではありませんでした。ドラフト4位です。
転機は1994年。仰木彬監督が、登録名を「イチロー」に変えた年でした。
その年、210安打。当時のシーズン最多安打記録を塗り替えます。以後、7年連続で首位打者。
2001年、マリナーズへ。日本人野手のメジャー挑戦には前例がなく、「当たらない」「通用しない」という声が大半でした。
結果は、新人王とMVPの同時受賞。首位打者、盗塁王。
そして2004年、262安打。84年間破られなかったジョージ・シスラーの257安打を超え、メジャーリーグの年間最多安打記録を塗り替えました。
10年連続200安打。この記録は、いまも誰も超えていません。
記録更新の夜に、彼が語った言葉
262本目を打った夜。世界中の記者に囲まれた彼が口にしたのは、意外なほど地味な一言でした。
小さいことを積み重ねるのが、とんでもないところへ行くただ一つの道だと思っています
世界記録を更新した夜に語るには、あまりに普通の言葉です。
でも、だからこそ本当なのだと思います。
先日ご紹介した宮本武蔵の「千日の稽古を鍛とし、万日の稽古を練とす」と、まったく同じことを言っています。そして、二宮尊徳の「積小為大」とも。
時代も国も競技も違う三人が、同じ結論に立っている。
これは偶然ではないと思います。とんでもないところへ行く道は、たぶん一本しかないのです。
イチローは、こうも言っています。
努力せずに何かできるようになる人のことを「天才」というのなら、僕はそうじゃない。努力した結果、何かができるようになる人のことを「天才」というのなら、僕はそうだと思う
天才という言葉を、彼は拒否も肯定もしていません。定義のほうを書き換えたのです。
4000本と、8000回
2013年、日米通算4000安打を達成したときの言葉が、私はいちばん好きです。
4000本のヒットを打つには、8000回以上の悔しい思いをしてきているわけです。それと常に向き合ってきたことの事実はあるので、それを誇りに思います
打率3割は、名選手の証です。
けれど裏を返せば、10回のうち7回は失敗しているということです。
4000本打つということは、8000回以上、打てなかったということでもある。
先日ご紹介したロジャー・フェデラーが「私が勝ったポイントは全体の54%にすぎない」と語った話と、構造はまったく同じです。
一流とは、勝ち続ける人ではない。負けの量に耐えられる人のことなのだと思います。
そしてイチローが誇りに思ったのは、4000本という結果ではありませんでした。
「8000回と向き合い続けた」という、事実のほうです。
ここが決定的だと思うのです。
誇りの置き場所が、結果ではなく過程にある。だから記録が止まっても、彼は折れなかった。
逆に言えば、誇りを結果だけに置いている人は、結果が出ない日に立っていられません。
準備とは、言い訳を消す作業
イチローを語るうえで外せないのが、準備です。
彼は道具を、異常なまでに大切にしました。グラブは自分で磨き、バットは湿気を避けるために専用のケースで管理する。遠征先でも、決まった時間に決まったストレッチを行う。
その理由が、この言葉に表れています。
準備というのは、言い訳の材料となりうるものを排除していく、そのために考えうる全てのことをこなしていく
準備とは、言い訳を消す作業である。
道具のせいにできない。体調のせいにできない。時間がなかったとも言えない。
そこまで潰しておけば、あとは自分の力を出すだけになります。

これは、武蔵が死の7日前に書いた自戒21箇条『独行道』と同じ性質のものだと思います。誰に見せるでもない、自分への約束。
そしてもう一つ、コーチとして選手にかけたい言葉の筆頭がこれです。
壁というのは、できる人にしかやってこない。超えられる可能性がある人にしかやってこない
いま壁の前にいるなら、それは超えられる位置まで来た証拠だ、と。
冒頭の「向いてないのかな」に、これ以上の返事はないと思っています。
「後悔などあろうはずがありません」
2019年3月21日、東京ドーム。引退会見は深夜まで及びました。
そこで彼が残した一言です。
後悔などあろうはずがありません
武蔵の『独行道』の一条を、もう一度置いてみます。
我事において後悔をせず
400年の時を隔てて、日本の二人が、まったく同じところに辿り着いている。
後悔しないとは、失敗しないことではありません。
そのとき出せる全部を出した、と自分が知っている状態のことです。
だから8000回悔しくても、後悔はない。
準備を尽くした人だけが言える言葉だと思います。
おわりに
今日から持ち帰れる形に、三つだけ落としてみます。
1つめ。誇りを、結果ではなく過程に置くこと。
「何本打ったか」ではなく「何回向き合ったか」。今週の自分を、結果ではなく回数で数えてみる。数えられるものが、続くものです。
2つめ。言い訳を、先に潰すこと。
明日の現場、明日の練習。「うまくいかなかったとき、何のせいにしそうか」を先に書き出して、そのうちの一つを今日のうちに消しておく。それが準備です。
3つめ。壁を、資格の証明として見ること。
いま詰まっていることがあるなら、それは超えられる位置まで来た証拠。選手にも、部下にも、子どもにも、この見方は渡してあげられます。
練習が報われない時期の子に、大人がかけられる言葉は「もっと頑張れ」ではないと思うのです。
「いま何回目?」——それだけで、数えるものが結果から回数へ移ります。
4000本の裏に、8000回。
その8000回のほうを誇りに思えた人が、世界記録まで行きました。
——あなたの8000回は、いま何回目でしょうか。
(イチローの「誇りの置き場所」を、今週の他の4人との共通点から振り返るまとめ記事です。5人の賢者――今すぐの得を、手放した人たち)
(「量をやってきた自信」で弱小チームを変えた監督の話もあります。高嶋仁「甲子園は、自由にさせる」――48年握り続けた人が、最後に手を離した)
この人の言葉を、もっと深く
『イチロー・インタビューズ 完全版』(文春文庫・石田雄太) 長年の密着取材で記録された、本人の言葉そのものです。この記事で引いた「8000回」も「準備とは言い訳の材料を排除していく作業」も、どんな場面で、どんな表情で語られたのかまで追えます。名言集ではなく、対話の記録として読める一冊です。
『夢をつかむ イチロー262のメッセージ』(ぴあ) もっと軽やかに、言葉だけに触れたい方へ。262のメッセージが並んだ一冊です。手元に置いて、開いたページを読む使い方が合います。
人物プロフィール:イチロー(鈴木一朗)
1973年生まれ。愛知県西春日井郡豊山町出身。プロ野球選手(外野手)。
愛工大名電高から1991年にオリックス・ブルーウェーブへドラフト4位で入団。1994年に登録名を「イチロー」とし、同年210安打で当時のシーズン最多安打記録を更新。7年連続で首位打者となった。
2001年にシアトル・マリナーズへ移籍し、1年目に新人王と最優秀選手(MVP)を同時受賞。2004年には262安打を放ち、1920年にジョージ・シスラーが記録した257安打を84年ぶりに更新した。2001年から10年連続200安打を達成している。
日米通算4367安打はギネス世界記録に認定。2019年3月21日、東京ドームでの試合をもって現役を引退した。
