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賢者名鑑 / 日本
イチロー
鈴木一朗
1973年10月22日(存命)|愛知県西春日井郡豊山町
小さいことを積み重ねる ── とんでもないところへ行く、ただ一つの道

どんな人か
日米で通算4367安打を放ち、ギネス世界記録に認定されたプロ野球選手です。2004年には262安打を記録し、84年間破られなかった記録を更新しました。
けれど彼自身が誇りに置いたのは、打った数ではありませんでした。4000本の裏側にある、8000回を超える「打てなかった」ほうでした。
基本データ
- 生まれ
- 1973年10月22日出典1
- 生まれた地
- 愛知県西春日井郡豊山町出典1
- 分野
- プロ野球選手(外野手)出典32019年3月21日、東京ドームでの試合をもって現役を引退した
- 日本でのキャリア
- 愛工大名電高から1991年にオリックス・ブルーウェーブへドラフト4位で入団出典31994年に登録名を「イチロー」とし、同年210安打で当時のシーズン最多安打記録を更新。7年連続で首位打者となった
- メジャーリーグ
- 2001年にシアトル・マリナーズへ移籍し、1年目に新人王と最優秀選手(MVP)を同時受賞出典32004年には262安打を放ち、1920年にジョージ・シスラーが記録した257安打を84年ぶりに更新。2001年から10年連続200安打を達成した
- 日米通算安打
- 4367安打(ギネス世界記録に認定)出典3
8000回の悔しさ
日米通算4000本目の安打を打った日、彼はこう語りました。4000本のヒットを打つには、8000回以上は悔しい思いをしてきた、と。
打率3割の打者でも、10回のうち7回は失敗します。つまり打席に立つほど、うまくいかない回数のほうが増えていく。記録が伸びるということは、悔しさも積み上がるということです。
普通なら、その8000回は忘れたい記憶でしょう。数えるのは4000本のほうです。ところが彼は、失敗した回数のほうを自分の誇りに置きました。
その悔しさときちんと向き合ってきたから次があった——記録は、向き合った回数の結果にすぎない。そういう順番で自分の野球を語った人でした。
私たちが憧れるのは、たいてい誰かの4000本のほうです。けれど手にできるのは、まず8000回のほう。そこをどう扱うかで、次の一本が変わってくるのだと思います。
この人の言葉
ゆかりの地
この人の記事を読む
もっと深く出会うために
『イチロー・インタビューズ 完全版』(文春文庫・石田雄太)
長年の密着取材で記録された、本人の言葉そのものです。この記事で引いた「8000回」も「準備とは言い訳の材料を排除していく作業」も、どんな場面で、どんな表情で語られたのかまで追えます。名言集ではなく、対話の記録として読める一冊です。
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もっと軽やかに、言葉だけに触れたい方へ。262のメッセージが並んだ一冊です。手元に置いて、開いたページを読む使い方が合います。
▶ 楽天で見る(紙の本)出典
数字や表記は、記事本体に合わせています。出どころで食い違うものは、両方を併記しました。
