和育道〜wa-iku〜

賢者名鑑 / アメリカ

ベンジャミン・フランクリン

Benjamin Franklin

1706年 — 1790年|アメリカ・ボストン

13の徳目 ── 習慣は、意志ではなく仕組みで続く

ベンジャミン・フランクリンの記事の挿絵
ろうそくの灯りで手帳に印をつける。点が減っていくのを見る仕組み(挿絵:和育道)

どんな人か

「アメリカ建国の父」の一人です。政治家・外交官・著述家・印刷業者・科学者・発明家——ひとつの生涯とは思えないほど多くの分野で名を残しました。

ところが学校に通えたのは、家計の事情でわずか2年ほど。その原動力は才能ではなく、13の徳目を手帳につけ続けるという、ひどく地味な習慣でした。

基本データ

生まれ
1706年出典3ろうそく・石けん職人の家に、17人兄弟の15番目として生まれた
没
1790年出典3
生まれた地
アメリカ・ボストン出典3
分野
政治家・外交官・著述家・印刷業者・科学者・発明家出典3異名は「アメリカ建国の父」の一人
学歴
家計の事情で、学校に通えたのは約2年間だけ出典3ろうそく・石けん職人の家に、17人兄弟の15番目として生まれた
事業
兄の印刷所で徒弟として働いたのち、フィラデルフィアで独立出典3印刷業と新聞発行で成功を収め、『貧しいリチャードの暦』は広く読まれた
公共事業
図書館、消防隊、大学(後のペンシルベニア大学)、病院などを数多く創設した出典3
科学と発明
凧を使った実験で雷が電気であることを示したとされる出典3避雷針、遠近両用眼鏡、フランクリン・ストーブなどを発明し、特許を取らずに社会へ公開した
独立への貢献
アメリカ独立宣言の起草に関わり、外交官としてフランスの支援を取りつけた出典3合衆国憲法の制定にも関与している。大統領は務めていないが、100ドル紙幣の肖像に採用されている
13の徳目
20代で始めた、手帳による自己管理の実践出典3『フランクリン自伝』に記され、後世の自己啓発・手帳術に大きな影響を与えた

習慣が続かないのは、意志が弱いからではない

20代のフランクリンは、自分を良くしたいと考えました。そこで13の徳目を挙げ、すべてを同時に守ろうとします。

ところが、うまくいきませんでした。一つを直すと別の一つが崩れる。人間は、そんなに器用ではなかったのです。

そこで彼は方法を変えます。13すべてを一度に追うのをやめ、一週間に一つだけに集中する。13週で一巡し、それを年に四回繰り返す。

そして手帳に表を作り、毎日、守れなかった項目に点を打ちました。朝には「今日は何を良くするか」、夜には「今日は何を良くしたか」と自分に問う。点を数えるのではなく、点が減っていくのを見る仕組みです。

習慣が続かないのは意志が弱いからではなく、一度に多くを追いすぎるからだ——彼はそう結論づけました。学校教育わずか2年の少年が、図書館も消防隊も大学も病院も作り、独立宣言の起草に関わるまでになった。その土台にあったのは、この地味な手帳でした。

ゆかりの地

1706

アメリカ・ボストン出典3

生誕の地。

—

フィラデルフィア(アメリカ・ペンシルベニア州)出典3

印刷業で独立した地。図書館・消防隊・大学・病院など、市民のための仕組みを次々とこの街に作った。

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出典

  1. ウィキペディア「ベンジャミン・フランクリン」
  2. 和育道「フランクリン「13の徳目」――習慣が続かないのは、意志が弱いからではない」(記事本文の表記に準拠)

数字や表記は、記事本体に合わせています。出どころで食い違うものは、両方を併記しました。