和育道〜wa-iku〜

賢者名鑑 / 日本

炎鵬

えんほう

1994年10月18日(存命)|石川県金沢市

小さな体で、大きな相手に向かっていく「道」

どんな人か

身長167センチ。角界では圧倒的に小さい体で、大きな相手を投げ、いなし、土俵際でひっくり返す。その取り口から「ひねり王子」と呼ばれた力士です。最高位は東前頭四枚目。

2023年に脊髄を損傷する大怪我を負い、番付は最下層の序ノ口まで転落しました。それでも土俵に戻り、一場所ずつ星を積み上げています。

基本データ

生まれ
1994年10月18日出典1
生まれた地
石川県金沢市出典1
分野
大相撲力士出典32017年、宮城野部屋から初土俵。横綱・白鵬にスカウトされた
体格
身長167センチ出典3角界では圧倒的に小さい。体重は場所によって変わるため記載しない
最高位
東前頭四枚目出典1技能賞も受賞している。2026年9月時点で確認できる到達最高位
しこ名の由来
「炎」「鵬」「晃」の三つに、それぞれ想いが込められている出典3「炎」=上にいけば体の差は広がる、そこを勝ち抜くには気持ちで負けず常に燃えていくしかない、という白鵬の願い。「鵬」=師匠・白鵬から受け継いだ一字。「晃」=小学生の頃に相撲を教えてくれた四歳上の先輩の名。その先輩は若くして事故で亡くなっている
呼び名
「ひねり王子」出典3小さな体で大きな相手を投げ、いなし、土俵際でひっくり返す取り口から。角界屈指の人気者になった
大怪我と復帰
2023年夏場所途中に脊髄を損傷し、七場所連続休場。番付は序ノ口まで下がった出典3その後、土俵に復帰。2026年初場所では幕下の上位で六勝一敗と星を重ねた(2026年9月時点で確認できる範囲。現役のため、番付や所属は変動する)

落ちるところまで落ちて、それでも

順風は長くは続きませんでした。2023年夏場所の途中、脊髄を損傷する大怪我。命や日常生活にも関わりかねない、力士として致命的な負傷でした。そこから七場所連続の休場。番付は最下層の序ノ口まで転がり落ちます。

追い打ちもありました。所属していた部屋が暴力問題で閉鎖となり、別の部屋への転籍を余儀なくされる。再起の途上では、かつて自分を見いだしてくれた師匠までもが角界を去りました。支えも、居場所も、名付け親も。手にしていたものが次々と崩れていったのです。

普通なら、ここで終わります。これだけのことが重なれば、引退という選択は誰にも責められない。

だが彼は、序ノ口から再び土俵に上がりました。復帰の道も平坦ではなく、番付を戻す途中で脚を剥離骨折してまた休場。上がっては怪我をし、また上がる。その繰り返しでした。劇的な復活を一度に成し遂げたわけではありません。一場所ごとに、五勝二敗、六勝一敗と、地味に星を積む。派手さはなく、あるのは根気だけです。

和育道の「道」は、ゴールにたどり着くことを意味しません。自らの道を、自らの足で究め続けること。序ノ口から番付を押し戻してきた、その歩みそのものが、すでに途方もない達成なのだと思います。

この人の言葉

いつもより勝ちたい気持ちが強かった出典32026年初場所十三日目、勝てば関取復帰という一番に敗れたあとの談話として伝えられる言葉

ゆかりの地

1994

石川県金沢市出典1

生誕の地。

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出典

  1. ウィキペディア「炎鵬友哉」
  2. 和育道「炎鵬――序ノ口まで落ちた男が、もう一度上を目指す「道」」(記事本文の表記に準拠)

数字や表記は、記事本体に合わせています。出どころで食い違うものは、両方を併記しました。