賢者名鑑 / 日本
中江藤樹
なかえ とうじゅ
1608年 — 1648年|近江国高島郡小川村(現在の滋賀県高島市安曇川町)
五事を正す ── 貌・言・視・聴・思を整えることから

どんな人か
江戸時代前期の儒学者で、日本における陽明学の祖とされます。死後、人々から「近江聖人」と呼ばれました。
彼が村を変えた方法は、命令でも規則でもありませんでした。自分の在り方を整えただけです。それで村が、勝手に変わっていきました。
基本データ
命令も規則もなしに、村が勝手に変わっていった
27歳のとき、彼は脱藩します。伊予大洲藩で将来を嘱望されていましたが、故郷に一人残した母を養うためでした。
小川村へ戻ってからは、私塾を開いて学問を説き、村人の相談に応じながら暮らします。
彼が説いたのが「五事を正す」でした。貌(顔つき)・言(言葉)・視(まなざし)・聴(聞き方)・思(思いやり)——この五つを整える。それだけです。
人を変えようとするのではなく、自分の五つを整える。すると、周りが変わっていった。村人が彼を慕い、村の空気そのものが変わっていったと伝えられます。
「知行合一」——知ることと行うことは一つだ、というのが彼のもう一つの教えでした。知っているのに行わないのは、まだ知らないのと同じ。だから彼は説くより先に、自分でやってみせたのです。死後、人々は彼を「近江聖人」と呼びました。
この人の言葉
五事を正す出典3主著『翁問答』に伝わる教え。貌(顔つき)・言(言葉)・視(まなざし)・聴(聞き方)・思(思いやり)の五つを整える
ゆかりの地
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出典
数字や表記は、記事本体に合わせています。出どころで食い違うものは、両方を併記しました。
