和育道〜wa-iku〜

賢者名鑑 / 日本

良寛

りょうかん

1758年11月2日 — 1831年2月18日|越後国出雲崎(現在の新潟県三島郡出雲崎町)

一日一生 ── 今日を、丁寧に生きる

良寛の記事の挿絵
子どもたちと手まりをつく良寛。日が暮れるまで、それだけを(挿絵:和育道)

どんな人か

江戸時代の禅僧です。立派な寺を持たず、高い地位も名声も求めず、山あいの小さな庵で質素に暮らしました。托鉢で食べ物を分けてもらい、あとは静かに過ごす日々でした。

その代わりに彼がしていたのは、子どもたちと日が暮れるまで手まりをついて遊ぶこと。道端の花をしゃがんで眺めること。月をただ見上げること。特別なことは何一つありません。

基本データ

生まれ
1758年11月2日出典1
没
1831年2月18日出典1
生まれた地
越後国出雲崎(現在の新潟県三島郡出雲崎町)出典1
分野
禅僧出典3
暮らし
立派な寺を持たず、山あいの小さな庵で質素に暮らした出典3高い地位も名声も求めず、托鉢で食べ物を分けてもらって生きた。財産と呼べるものはほとんど持っていなかった
日々していたこと
子どもたちと日が暮れるまで手まりをついて遊び、道端の花を眺め、月を見上げた出典3特別なことは何一つないが、その一つひとつを、この上なく丁寧に味わった

今日を、一生のように

私たちはいつも「次」のことを考えています。明日の予定、来週の締め切り、この先の不安。頭の中は、まだ来ていない未来でいっぱいです。

夜、布団に入ってふと思う。「今日は、何をしていたんだっけ」と。

良寛の生き方を表す言葉として「一日一生」が伝えられています。ただしこの言い回しが良寛本人の詩歌や書簡に出てくることは確認できていません。後世、彼の生き方を言い表すために使われてきた言葉です。

今日という日は、二度と戻ってきません。だからこそ明日に持ち越さず、今日を、それだけで完結した一つの人生のように丁寧に生きる。子どもと遊ぶなら、心の底から遊ぶ。花を見るなら、その花だけを見る。月を眺めるなら、その月にすべてを預ける。

「次」を考えて上の空になるのではなく、目の前の「今」に心を全部置いてくる。財産と呼べるものをほとんど持たなかった人が、二百年経ったいまも多くの人の心を打ち続けているのは、そのためだと思います。

この人の言葉

災難に逢う時節には災難に逢うがよく候、死ぬる時節には死ぬがよく候。これはこれ災難をのがるる妙法にて候出典1大きな地震のあと、被災した知人を見舞う手紙に書いた一節。避けられない現実を、じたばたせずに受け止めるという考え方
うらを見せ おもてを見せて ちるもみぢ出典1辞世の句として伝わる歌

ゆかりの地

1758

新潟県三島郡出雲崎町(旧・越後国出雲崎)出典1

生誕の地。日本海に面した港町で、名主の家に生まれたと伝えられる。

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出典

  1. ウィキペディア「良寛」
  2. 和育道「良寛「一日一生」――今日を丁寧に生きるということ」(記事本文の表記に準拠)

数字や表記は、記事本体に合わせています。出どころで食い違うものは、両方を併記しました。