和育道〜wa-iku〜

賢者名鑑 / 中国

雲門文偃

うんもん ぶんえん

864年 — 949年|蘇州嘉興県(現在の中国・浙江省嘉興市)

日々是好日 ── 良い日も悪い日もない。今日を、そのまま受け取る

雲門文偃の記事の挿絵
雨の日の禅堂。晴れも雨も、等しく今日(挿絵:和育道)

どんな人か

禅宗五家の一つ「雲門宗」の開祖です。短く鋭い一言で本質を突く指導で知られ、たった一字で答える「雲門の一字関」が名高い禅僧でした。

その人が遺した五文字が「日々是好日」。千年を超えて、いまも日本の茶室の掛け軸に最も多く用いられる禅語の一つになっています。

基本データ

生まれ
864年出典3中国・唐末〜五代十国時代
没
949年出典3
生まれた地
蘇州嘉興県(現在の中国・浙江省嘉興市)出典3
分野
禅僧。禅宗五家の一つ「雲門宗」の開祖出典3禅宗五家=臨済宗・曹洞宗・潙仰宗・雲門宗・法眼宗
修行
若くして出家し、各地の高僧のもとで厳しい修行を積んだ出典3
道場
広東省の雲門山に道場を開き、多くの弟子を育てた出典3
指導の特徴
短く鋭い一言で本質を突いた出典3たった一字で答える「雲門の一字関」が名高い
日本への広がり
「日々是好日」は日本に伝わり、とりわけ茶道の世界で重んじられた出典3茶室の掛け軸に最も多く用いられる禅語の一つとなっている

「今日はダメな日だった」と思う夜に

「日々是好日」は、雲門が弟子たちに「これからのことを一句で言ってみよ」と問うたのが始まりでした。誰も答えられなかったため、自ら示したのがこの五文字です。『碧巌録』第六則に「雲門日日是好日」として収められています。

ここで気をつけたいのは、「毎日がいい日になりますように」という願いではないことです。

そうではなく、良し悪しを評価せず、今日をそのまま受け取る——そういう構えを指しています。うまくいった日も、うまくいかなかった日も、等しく「好日」だと。

私たちは一日の終わりに、その日を採点してしまいます。今日はダメだった、今日はまあまあだった、と。けれど採点しているのは自分で、点数をつけた瞬間に、その日は「失敗した日」になります。

雲門の五文字は、その採点をやめてみないか、という誘いです。良い日にしようと力むのでもなく、悪い日だったと沈むのでもなく、ただ今日を今日として受け取る。千年前の禅僧の一言が、いまも茶室に掛けられ続けている理由が、ここにあります。

この人の言葉

日々是好日出典3弟子に「これからのことを一句で言ってみよ」と問い、誰も答えられなかったため自ら示した答えとされる。『碧巌録』第六則に収められている

ゆかりの地

864

蘇州嘉興県(現在の中国・浙江省嘉興市)出典3

生誕の地。

—

雲門山(中国・広東省)出典3

道場を開いた地。この山の名が、そのまま一派の名「雲門宗」になった。

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出典

  1. ウィキペディア「雲門文偃」
  2. 和育道「雲門文偃「日々是好日」――「今日はダメな日だった」と思う夜に」(記事本文の表記に準拠)

数字や表記は、記事本体に合わせています。出どころで食い違うものは、両方を併記しました。