和育道〜wa-iku〜

賢者名鑑 / 日本

渡辺和子

わたなべ かずこ

1927年2月11日 — 2016年12月30日|北海道旭川市

置かれた場所で咲きなさい ── 咲くとは、我慢ではない

渡辺和子の記事の挿絵
根を下ろした花。場所は選べなくても、どう咲くかは選べる(挿絵:和育道)

どんな人か

ノートルダム清心女子大学の学長を長くつとめた修道女であり、教育者です。2012年の『置かれた場所で咲きなさい』は200万部を超えました。

その言葉は、恵まれた人生から出たものではありません。9歳で目の前で父を失い、36歳で孤立のなかに立たされた人が、それでも見つけた答えでした。

基本データ

生まれ
1927年2月11日出典1記事では「1927年(昭和2年)」と表記
没
2016年12月30日出典189歳で逝去
生まれた地
北海道旭川市出典1
分野
修道女(ノートルダム修道女会)・教育者・作家出典3
主な役職
ノートルダム清心女子大学 学長・理事長、ノートルダム清心学園 理事長出典3
9歳の日
1936年の二・二六事件で、自宅で父を失った出典3父は陸軍教育総監・渡辺錠太郎
学長就任
1963年、36歳でノートルダム清心女子大学の学長に出典3当時、日本の大学では異例の若さだった。聖心女子大学を卒業後、修道会に入会し、アメリカに留学してボストンカレッジで博士号を取得している
代表作
『置かれた場所で咲きなさい』(2012年)出典3200万部を超えるベストセラーとなり社会現象に。ほかに『面倒だから、しよう』『どんな時でも人は笑顔になれる』など著書多数

「ここは、自分の居場所じゃない」と思ったとき

陸軍教育総監・渡辺錠太郎の娘として生まれ、1936年の二・二六事件で、9歳のときに自宅で父を失いました。

聖心女子大学を卒業後、修道会へ。アメリカに留学してボストンカレッジで博士号を取得します。そして1963年、36歳でノートルダム清心女子大学の学長に就任しました。当時の日本の大学では異例の若さです。

ただし、若くして高い地位に就くことは、そのまま孤立を意味します。周囲に同じ立場の人はいない。相談できる相手もいない。自分で選んだ場所ですらなかったかもしれません。

その場所で長い年月を過ごしたあとに生まれたのが、「置かれた場所で咲きなさい」でした。だからこの言葉は、我慢しろという意味ではありません。場所は選べなくても、そこでどう在るかは選べる——そういう話です。

2012年に刊行されると200万部を超えるベストセラーとなり、社会現象になりました。居場所に迷う多くの人を、いまも静かに支えています。

この人の言葉

置かれた場所で咲きなさい出典32012年刊行の同名の著書で広く知られた言葉。場所は選べなくても、そこでどう在るかは選べる、という意味で読まれている

ゆかりの地

1927

北海道旭川市出典3

生誕の地。

1963

ノートルダム清心女子大学(岡山県岡山市)出典3

36歳で学長に就任した場所。長くこの地で教育に携わり、「置かれた場所で咲きなさい」の言葉はここでの年月から生まれた。

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出典

  1. ウィキペディア「渡辺和子」
  2. 和育道「渡辺和子「置かれた場所で咲きなさい」――「ここは、自分の居場所じゃない」と思ったとき」(記事本文の表記に準拠)

数字や表記は、記事本体に合わせています。出どころで食い違うものは、両方を併記しました。