賢者名鑑 / 中国
孔子
こうし
紀元前551年 — 紀元前479年|魯国(現在の中国・山東省曲阜市)
和して同ぜず ── 群れずに、争わず
どんな人か
儒家思想の始祖です。「仁」と「礼」にもとづく理想の社会を掲げ、魯国で大司寇(最高裁判官)まで務めました。
しかし理想は容れられず、13年におよぶ諸国巡遊の旅に出ます。生涯、望んだ政治は実現しませんでした。その人の言葉が、二千五百年後のいまも読まれています。
基本データ
和して同ぜず
「和して同ぜず」——調和はするが、同調はしない。孔子のこの一言は、いまの私たちにこそ効きます。
周りに合わせるだけなら、楽です。けれど合わせるだけの集団は、強くなりません。同じ音しか出さないオーケストラが音楽にならないのと同じです。
では「和」とは何か。違う意見を、対立ではなく贈り物として受け取ることです。「なるほど、そういう見方もあるのか」と一度受け止める。そのうえで、自分の考えも敬意をもって差し出す。打ち負かすためでも、合わせて消えるためでもなく、二人だからこそ、より良い答えを見つけるために。
孔子自身の生涯は、報われませんでした。13年の放浪の末、理想の政治は実現しないまま世を去ります。それでも同調しなかった。違いを保ったまま、それでもひとつにまとまる——彼が折れずに示したのは、まさにそれでした。
この人の言葉
和して同ぜず出典3『論語』に伝わる言葉。孔子自身は著述せず、死後に弟子たちが編纂した書物である。調和はするが、同調はしない。違いを保ったまま、ひとつにまとまる
ゆかりの地
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出典
数字や表記は、記事本体に合わせています。出どころで食い違うものは、両方を併記しました。
